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牛若丸

むかし、京の都に、牛若丸という男の子がおりました。

牛若丸はまだ小さな頃にお父さんを亡くし、鞍馬山のお寺に預けられました。山の奥深く、杉の木がまっすぐに天を突くような、静かなお寺です。

昼は和尚さんのもとでお経を学び、夜になると月の光を頼りに山道を走りました。

木の根を飛び越え、岩をかわし、枝から枝へ。牛若丸の身のこなしは、まるで風のようにしなやかです。夜の山は静かで、ふくろうの声だけが遠くで聞こえます。月の光が杉の幹を白く照らして、牛若丸の影が地面を滑るように動きました。

谷川の水を飲み、山の果物を食べ、体を鍛えました。滝に打たれて心を磨き、険しい崖を登って腕を強くします。

山に住むからす天狗たちが、そっと見守っていました。ときどき木の上から葉っぱを落として、牛若丸が気づくかどうか試します。

牛若丸はひらりとよけて、にこっと笑います。

「天狗さん、今日もありがとう」

月日が流れて、牛若丸は少年になりました。

ある夜のことです。牛若丸は用事があって、京の五条大橋を渡ることになりました。夜風がひゅうっと吹いて、橋の欄干に月の光が白く光っています。鴨川の水がさらさらと音を立てて流れていました。

橋の上にはだれもいません。牛若丸がすたすたと歩いていると、向こう岸から大きな影がゆっくりと近づいてきました。足音がどすん、どすんと橋板を揺らします。

武蔵坊弁慶。背の高い、がっしりとした大男です。長刀を手に持ち、橋の真ん中にどっしりと立ちはだかりました。

「この橋を渡りたくば、わしを相手にしてもらおう」

弁慶が長刀をぶんと振りました。風がうなります。

牛若丸はひらりと飛びました。橋の欄干の上に、すっと立ちます。月の光を背に受けて、着物のすそがふわりと揺れました。

弁慶がもう一度振ります。牛若丸はくるりとかわして、弁慶の後ろに着地しました。

弁慶が振り向く。牛若丸が跳ぶ。まるで、風と影の追いかけっこのようでした。

弁慶の長刀は、何度振っても当たりません。牛若丸は笛のように軽やかに、夜の風のようにすばしこく、橋の上を舞います。月の光に照らされて、その姿はまるで蝶が花のまわりを飛ぶようでした。

やがて弁慶は長刀を下ろして、肩で大きく息をつきました。

「参った。わしの負けだ」

弁慶はその場に膝をつきました。

「おまえさまのように強く、美しい人は見たことがない。わしを家来にしてくれまいか」

牛若丸はにこりと笑って、弁慶に手を差し伸べました。

「家来ではなく、友になってください」

弁慶の目がじわりと潤みます。大きな手で、牛若丸の小さな手をぎゅっと握りました。

五条大橋の上で、ふたりは並んで月を見上げます。川面に月の光がちらちらと揺れて、水のせせらぎが静かに聞こえていました。

それから牛若丸と弁慶は、いつも一緒でした。朝は一緒にお経を唱え、昼は剣の稽古をし、夕方は並んで散歩をします。大きな弁慶と小さな牛若丸が並んで歩く姿を、都の人たちはほほえましく眺めました。

夜風がそよりと吹いて、五条大橋の欄干がかすかに歌います。遠くの山の端に、月がやさしく光っていました。