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俵藤太

むかし、近江の国に、藤太という名の勇ましい侍がおりました。

藤太は弓の名手で、心がまっすぐな人です。困っている人がいれば、すぐに駆けつけます。

ある日のこと。藤太が琵琶湖のほとりにかかる瀬田の橋を渡ろうとしたら、大きな大きなへびが橋の上に横たわっていました。うろこが銀色に光って、長い体がとぐろを巻いて、橋をすっぽりとふさいでいます。目は赤く光り、ちろちろと舌を出していました。

通りかかった人たちは悲鳴をあげて、みんな引き返していきました。馬も足をすくませて動こうとしません。

けれど、藤太は少しも怖がりません。どしん、どしんと堂々と歩いて、へびの体をまたいで渡っていきました。

すると、へびがするすると姿を変えて、美しい娘になりました。

「お待ちください。わたしは琵琶湖の竜神の使いです」

娘は深々と頭を下げました。

「湖の底に住む竜神さまが、困っておられるのです。三上山にすむ大きなむかでが、毎晩やってきて湖を荒らすのです。魚たちは怯えて隠れ、水草は枯れ、湖が濁ってしまいました。勇気のある方に退治をお願いしたくて、こうして橋の上でお待ちしておりました」

藤太は少し考えてから、しっかりとうなずきました。

「わかった。引き受けよう」

娘はにこりと笑って、深くお辞儀をしました。するするとまた蛇の姿に戻り、水の中に消えていきます。

藤太は家に帰って、弓の弦を張り直しました。矢を三本選んで、鏃を丁寧に磨きます。刃に油を塗り、月の光にかざして切れ味を確かめました。

その夜、藤太は弓を持って瀬田の橋のたもとに立ちました。月が琵琶湖の水面を銀色に照らしています。風はなく、水面が鏡のように静まりかえっていました。

やがて、山の向こうからずるずるという音が聞こえてきました。三上山の稜線に沿って、無数の光がちらちらと動いています。大むかでの目が、暗闇の中で光っているのでした。

藤太は矢をつがえて、弓を引きました。ぎりぎりと弦が鳴ります。

ひょう。矢が風を切って飛んでいきます。けれど矢は、大むかでの固い体に弾かれてしまいました。

二本目の矢も弾かれます。

残る矢は、あと一本。藤太は目を閉じて、深く息を吸いました。湖の匂い、夜の風、水面に映る月の光。すべてが静まりかえります。藤太は矢の先に、ふうっと息を吹きかけました。心を込めて、祈りを込めて。

三本目の矢を放ちました。矢は月の光を受けてきらりと光り、まっすぐに飛んでいきます。

今度は、見事に大むかでの急所に当たりました。大むかでは大きな声をあげて、ごろごろと山の向こうへ転がり落ちていきます。地鳴りのような音がして、やがてあたりは静まりかえりました。

それきり、大むかでが湖に来ることはなくなったのです。

翌朝、湖は澄んだ水を取り戻していました。魚たちが水面を跳ねて、水草がゆらゆらと揺れています。

湖の水面がぴかりと光って、竜神が姿を現しました。白いひげをたくわえた、堂々とした竜の姿です。

「藤太どの、ありがとう」

竜神はお礼に、米の尽きない俵と、鐘と、美しい巻絹を贈りました。俵から出てくるお米は、つやつやと白くて、炊くとほんのり甘い香りがします。いくら使っても減りません。藤太はこの米を村の人たちにも分けてやりました。おかげで村は豊かになり、みんなの顔に笑顔が戻ったのです。

それからは、「俵藤太」と呼ばれるようになったのです。

琵琶湖の上に、まあるい月が浮かんでいます。水の底から、竜神の歌声がかすかに聞こえてくるようでした。

藤太は岸辺に座って、しばらく湖を眺めていました。水面に月がゆらゆらと映って、まるで湖の中にもうひとつの空があるようです。波がとぷん、とぷんと岸をやさしく叩いて、夜の湖はどこまでも静かに光っていました。