ふたりの若い紳士が、山の奥へ猟に来ていました。
ぴかぴかの鉄砲を持って、連れてきた犬は二匹。ところが山の奥に入るにつれて、道がわからなくなりました。木がうっそうと茂って、どちらを向いても同じような景色です。
おまけに連れてきた犬が二匹とも、目を回して倒れてしまいます。
「困ったな。腹もぺこぺこだ」
「どこかに食べるところはないかな」
そのとき、木立の向こうに立派な西洋風の建物が見えました。玄関には大きな看板がかかっています。
「西洋料理店 山猫軒」
「こんなところにレストランがあるとは。ちょうどいい」
ふたりは喜んで中に入りました。玄関はぴかぴかに磨かれていますが、どこか静まり返っていて、人の気配がありません。扉を開けると、長い廊下が奥へと続いています。廊下の壁にはナイフとフォークの飾りが並んでいました。最初の扉に張り紙がありました。
「どなたもどうかお入りください。決してご遠慮はありません」
「なかなか丁寧な店だ」
次の扉にも張り紙があります。
「帽子と外套とくつをおとりください」
「なるほど、よほど偉い人が来る店なんだな」
ふたりは帽子を脱ぎ、外套を脱ぎ、靴を脱ぎました。
また次の扉。
「金銀などの金物類、ことにとがったものは、みんなここにお置きください」
「ふうむ。金物は電気に障るのかもしれない」
ふたりは何でも素直に従います。次の扉には「壺の中のクリームを顔や手足にすっかり塗ってください」と書いてありました。牛乳色のクリームがたっぷり入った壺が置いてあります。
「なるほど、風が強くて肌が荒れるからだな」
ふたりは顔や手にクリームをぬりたくりました。
次の扉です。「塩をよくもみこんでください」
次の扉には「料理はもうじきできます。十五分くらいお待ちください。頭にこのパセリの葉を飾ってください」と書いてあります。
「なんだか変だな。パセリなんか頭に乗せるのか」
「きっと西洋風のおしゃれだろう」
それでもふたりは頭にパセリを乗せて、次の扉に進みました。「塩をよくもみこんでください」
さすがにふたりの顔色が変わりました。
「おい、これはおかしいぞ」
「注文の多い料理店、というのは、お客に注文が多いという意味じゃないか」
「つまり、ぼくたちが食べられるほうなのか」
ふたりはがたがたと震え始めました。帰ろうとしますが、うしろの扉がびくとも動きません。
奥の扉の向こうから、ぎらぎらした二つの目が覗いています。
「さあさあ、おいでおいで」
ふたりはあんまり怖くて、顔がくしゃくしゃになってしまいました。泣きたいのに声が出ません。
そのとき、わんわんと吠える声が響きました。倒れていた二匹の犬が元気を取り戻して、扉を蹴破って飛び込んできたのです。
犬たちが奥へ駆け込むと、山猫が一匹、にゃあっと叫んで逃げていきました。
しゅうっと風が吹いて、西洋風の建物が煙のように消えていきます。あとには枯れ草の原っぱがあるだけでした。帽子も外套も靴も、地面に散らばっています。
犬たちが戻ってきて、ふたりの顔をぺろぺろと舐めました。やがて案内の猟師が山の奥から迎えに来てくれて、ふたりは無事に山を下りることができました。猟師は風呂敷に包んだおにぎりを分けてくれて、ふたりはがつがつと食べました。生まれてこのかた、あんなにおいしいおにぎりは食べたことがありません。
けれどふたりの顔は、恐ろしさのあまりくしゃくしゃに縮んでしまって、なかなか元に戻りません。東京に帰って、お風呂に入っても、温かい牛乳を飲んでも、どんな名医に診てもらっても、紙のようにしわしわのままでした。
山の奥では、風がひゅうっと吹いています。木の葉がかさかさと音を立てて、どこか遠くでふくろうがほうほうと鳴いていました。山猫は山のどこかで、きょうも目をぎらぎらと光らせているのかもしれません。