むかし、ある高い塔の上に、ラプンツェルという女の子が暮らしていました。
塔には扉がありません。窓がひとつあるだけです。ラプンツェルは生まれたときに魔女に連れてこられて、ずっとこの塔の中で育ちました。
ラプンツェルには、とても長い金色の髪がありました。塔の上から垂らすと、地面まで届くほどです。日の光が当たると、きらきらと光って、まるで金の糸のようでした。
魔女が塔に来るときは、下から呼びかけます。
「ラプンツェル、ラプンツェル、おまえの髪を降ろしておくれ」
ラプンツェルが窓から長い髪を降ろすと、魔女はそれをつたって登ってきました。
ラプンツェルは毎日、窓辺に座って外を眺めます。遠くに森が広がっていて、小鳥たちが飛んでいきます。春には花の匂いが風に乗ってやってきて、秋には紅葉が赤や黄色に燃えていました。
窓辺にやってくる小鳥たちが、ラプンツェルの友だちでした。ラプンツェルが歌を歌うと、小鳥たちも一緒にさえずります。
その歌声は、澄んだ鈴の音のように森じゅうに響きました。
ある日のこと、森の中を馬で通りかかった王子さまが、その歌声を聞きました。美しい声に惹かれて、塔のそばまでやってきます。
塔には扉がない。どうやって上るのだろう。王子さまが隠れて見ていると、魔女がやってきて呼びかけました。
「ラプンツェル、ラプンツェル、おまえの髪を降ろしておくれ」
金色の髪が窓からするすると降りてきます。なるほど、と王子さまは思いました。
魔女が帰ったあと、王子さまは塔の下に立って言いました。
「ラプンツェル、ラプンツェル、おまえの髪を降ろしておくれ」
ラプンツェルが髪を降ろすと、王子さまが登ってきました。見知らぬ人を見て、ラプンツェルはびっくりします。
「驚かせてごめんなさい。あなたの歌声があまりに美しくて」
王子さまはやさしい目をしています。ラプンツェルはだんだんと安心して、ふたりは話を始めました。
王子さまは森の話をしてくれました。川のせせらぎの音。野原を吹く風。朝露に濡れた花の匂い。ラプンツェルが知らないことばかりです。
「わたし、いつか外の世界を歩いてみたい」
ラプンツェルの目がきらきらと輝きました。
それから王子さまは毎日、絹の糸を少しずつ持ってきてくれました。ラプンツェルは夜ごと、その糸で縄ばしごを編みます。月の光のもとで、細い指がするすると糸を結んでいきました。
ところが、ある日、ラプンツェルはうっかり魔女に言ってしまいました。
「おばあさんは、王子さまよりずっと重いのね」
魔女はかんかんに怒って、ラプンツェルの長い髪を切ってしまいます。そしてラプンツェルを遠い野原に連れていってしまいました。
その夜、王子さまがいつものように呼びかけると、切り落とされた髪が降りてきます。登ってみると、そこにいたのは魔女でした。
「ラプンツェルはもういないよ」
王子さまは驚いて塔から落ちてしまいました。幸い怪我はひどくありませんでしたが、目にいばらが当たって、何も見えなくなってしまいます。
王子さまはラプンツェルを探して歩きました。目が見えないまま、森を抜け、山を越え、野原を歩いて。風の音を頼りに、ただ歩き続けます。
どれほど歩いたでしょう。ある日、懐かしい歌声がかすかに聞こえてきました。あの、鈴のように澄んだ声です。
「ラプンツェル」
声のするほうへ走っていくと、花の咲く野原で、ラプンツェルが歌を歌っていました。
ラプンツェルは王子さまを見つけて駆け寄ります。涙がぽろぽろとこぼれて、その涙が王子さまの目に落ちました。
すると不思議なことに、王子さまの目が見えるようになったのです。
「見える。ラプンツェル、きみが見える」
目の前には、花に囲まれて立つラプンツェル。短くなった髪が風にそよいで、頬を涙がつたっています。けれど、笑っていました。
ふたりは手をつないで王子さまの国へ帰りました。お城の庭には花が咲き乱れて、やわらかな風が吹いています。ラプンツェルが初めて自分の足で歩く、広い広い世界でした。
夕暮れどき、ラプンツェルは庭に出て空を見上げました。空が薄紅色に染まって、遠くの森のてっぺんが金色に光っています。風が花の匂いを運んできて、小鳥たちが夕焼けの中を飛んでいきました。
ラプンツェルはそっと歌い始めます。塔の窓辺で歌っていたあの歌を。今度は広い空の下で、風に乗って、どこまでも遠くへ響いていきました。