ある日のこと。北風と太陽が言い合いを始めました。
「ぼくのほうが強い」
北風が言いました。冷たい声です。
「いいえ、わたしのほうが力がありますよ」
太陽がおだやかに答えました。
ちょうどそのとき、道の向こうから旅人が歩いてきます。分厚いコートを着た旅人です。
「よし。あの旅人のコートを脱がせたほうが勝ちだ」
北風が言いました。太陽はにっこりとうなずきます。
「いいですよ。あなたからどうぞ」
北風は大きく息を吸い込んで、ビューッと吹きつけました。冷たい風が旅人の体を包みます。
旅人はぶるっと体を震わせて、コートの前をぎゅっと握りしめました。
北風はもっと強く吹きます。ゴオオッと木の枝が揺れて、枯れ葉が舞い上がりました。
けれど旅人は、コートをますます強く体に巻きつけるばかりです。
「もっとだ。もっと強く」
北風は力いっぱい吹きましたが、旅人はコートを脱ぐどころか、ボタンまでしっかり留めてしまいました。
「だめだ。ちっとも脱がない」
北風はへとへとになって、風を止めました。
「では、わたしの番ですね」
太陽がゆっくりと雲の間から顔を出しました。
ぽかぽかと、やさしい光が降り注ぎます。道の上も、木の枝も、旅人の肩も、じんわりと温かくなっていきました。
旅人の頬に、ほんのりと赤みが差します。
「あれ、なんだかあたたかいな」
太陽はもう少しだけ明るく照りました。草のあいだからたんぽぽが顔を出して、ちょうちょがひらひらと飛び始めます。
旅人はボタンをはずしました。
「ああ、気持ちがいい」
太陽がもう少し光を注ぐと、旅人はコートを脱いで腕にかけました。額に汗を拭いて、にこにこしながら歩いていきます。
北風は目を丸くしました。
「ぼくがあんなに頑張ったのに、太陽はにこにこしているだけじゃないか」
太陽はやさしく言いました。
「力ずくでは、心は動きません。あたたかさのほうが、ずっと強いのですよ」
北風はしばらく黙っていましたが、やがてそっとうなずきました。
夕方になって、空がだいだい色に染まりました。太陽はゆっくりと山の向こうに沈んでいきます。
北風はその夕焼けをぼんやりと眺めていました。なんだか、少しだけあたたかい気持ちになっています。
空に一番星が灯りました。やわらかな夜が、静かにやってきます。