むかし、遠い東の国に、大きなお城がありました。皇帝さまのお城です。
お城の庭は広くて美しくて、珍しい花がたくさん咲いています。花びらに小さな鈴をつけた花もあって、風が吹くとちりんちりんと鳴りました。
庭のさらに向こうには深い森が広がっていて、森は海辺まで続いています。その森の奥に、一羽の小さな鳥が住んでいました。ナイチンゲールです。
ナイチンゲールの歌声は、それはそれは美しいものでした。漁師たちは夜、海に出ると、森から聞こえてくるその声に足を止めます。
「ああ、なんてきれいな声だろう」
ナイチンゲールの評判は遠い国にまで届いて、世界じゅうの旅人がこの鳥の歌を聴きに来ました。
ところが皇帝さまだけは、ナイチンゲールのことを知りません。ある日、外国の王さまから届いた手紙にこう書いてありました。
「あなたのお国のナイチンゲールは、世界一の宝です」
「なんだと。わしの国にそんな鳥がいるのか。連れてまいれ」
家来たちが森じゅうを探し回って、やっとナイチンゲールを見つけました。灰色の小さな鳥です。見た目はちっとも派手ではありません。
ナイチンゲールがお城の広間で歌い始めると、皇帝さまの目に涙がにじみました。声が胸の奥にしみこんでくるのです。澄んだ高い音が、やさしく低い音に変わり、また空に昇っていくように高くなる。森の木々のざわめきや、小川のせせらぎや、月の光を思い起こさせる歌でした。
「すばらしい。このまま城にいておくれ」
ナイチンゲールはお城に住むことになりました。毎日、皇帝さまのために歌います。
ところがある日、外国から贈り物が届きました。宝石をちりばめた、美しい機械の鳥です。ねじを巻くと、ぜんまい仕掛けで歌い出します。きらきらと光りながら、同じ曲を何度でも正確に歌うのです。
「これはすごい。何度でも聴けるぞ」
皇帝さまは機械の鳥に夢中になりました。宝石の羽がシャンデリアの光を受けて、虹色にきらめきます。
本物のナイチンゲールは、いつのまにか忘れられてしまいました。さびしくなったナイチンゲールは、窓からそっと飛んでいきます。だれも気がつきません。
月日が流れました。機械の鳥は毎日歌い続けて、やがてぜんまいが壊れてしまいます。時計屋さんが直しましたが、もう年に一度しか歌えなくなりました。
そのうち皇帝さまが病気になりました。ベッドに横たわって、顔色がすっかり悪い。音楽が聴きたい。でも機械の鳥はもう動きません。
しんと静まり返った夜のこと。窓の外から、小さな歌声が聞こえてきました。
ナイチンゲールが戻ってきたのです。
枝の上に止まった灰色の小さな鳥が、月に向かって歌い始めました。やさしくて、あたたかくて、体のすみずみにしみ渡るような歌声です。
歌を聴いているうちに、皇帝さまの頬にほんのりと色が戻ってきました。胸のあたりがじんわりとあたたかくなって、息がゆっくりと深くなります。
「ありがとう。おまえを追い出して、本当にすまなかった」
「いいのです。あのとき、皇帝さまの涙を見ました。あの涙が、わたしにとっては一番の宝物です」
ナイチンゲールは毎晩、窓辺の枝にやってきて歌を歌いました。皇帝さまはすっかり元気になります。
「城にいてくれないか」
「わたしは森にいるほうがいいのです。でも毎晩、歌いに来ますよ。風のこと、海のこと、お城の知らない世界のことを、歌にしてお届けします」
それから毎晩、月が昇る頃になると、窓の外からナイチンゲールの歌が聞こえてきました。その声に耳を澄ませると、森の匂いや波の音が浮かんでくるようです。
皇帝さまは目を閉じて、やさしい歌声に身を任せました。夜風がカーテンをそっと揺らして、月の光が部屋に静かに差し込んでいます。