秋の晩のことです。
大きなまんまるのお月さまが、山のむこうからゆっくりと昇ってきました。
空気はひんやりとして、鼻の奥がつんとします。どこからか、金木犀の甘い香りが漂ってきました。
お月さまは銀色の光を、そっと地上にこぼしていきます。
まず照らしたのは、村はずれの小さな池でした。
池のほとりに、かえるの親子がいます。水面にもうひとつのお月さまが映っていて、子がえるがじいっと見つめていました。
「お母さん、お月さまが二つもある」
「ほんとうだねえ。きれいだねえ」
親がえるがそっと笑いました。水面のお月さまが、ゆらりと揺れています。
ケロ、ケロロ。ケロ、ケロロ。
かえるたちが静かに歌い始めました。その声は秋の夜にとけこんで、やわらかな子守唄のように響きます。
お月さまの光は、もう少し遠くへ伸びていきました。
丘の上のすすき野原を照らします。銀色のすすきが、さらさら、さらさらと風に揺れていました。
すすきの根元に、たぬきの親子がいます。お母さんたぬきが作ったよもぎのお団子を、子たぬきがほおばっていました。
「おいしいね、お母さん」
「ゆっくりお食べ。お月さまが見ていてくれるよ」
子たぬきの口のまわりに、よもぎの緑色がついています。お父さんたぬきがそっと拭いてやると、くすぐったそうに笑いました。
すすきの穂が風にゆれるたび、しゃらり、しゃらりと秋の音がします。
お月さまの光は、さらに遠くへ伸びていきます。
森の入り口に来ました。大きなクスノキの枝に、ふくろうがとまっています。まるい目を静かに開いて、夜の森を見守っていました。
「ホウ、ホウ」
ふくろうの声は低くて深くて、森のおくまでゆっくりと響いていきます。
木の根もとでは、こおろぎが鳴いていました。リリリリ、リリリリ。細い声が、ふくろうの声と重なって、夜の合奏が始まります。
落ち葉のあいだから、小さなねずみがそっと顔をのぞかせました。どんぐりをひとつ抱えて、巣穴へと静かに帰っていきます。
お月さまの光は、村のはずれの田んぼにも届きました。
稲穂が月の光を浴びて、金色にかがやいています。秋の夜風が吹くたびに、稲穂がさわさわと波打ちました。まるで大地が、ゆっくりと深呼吸をしているようです。
田んぼのあぜ道では、すずむしが鳴いていました。リーン、リーン。透きとおるような声です。
やがて、夜が一番深くなる時間がやってきました。
かえるの歌声が、だんだん静かになっていきます。すすきのさらさらも、ふくろうの声も、少しずつ遠くなって。
お月さまは、もう一度だけやさしく輝いてから、薄い雲のお布団をそっとかぶりました。
銀色の光がやわらかくなります。あたりはしんと静まり返りました。
かえるも、たぬきも、ふくろうも。みんな静かに目を閉じていきます。
秋の夜が、やさしくすべてを包んでいました。