むかし、むかし、あるところに、竹取りのおじいさんがおりました。
毎朝、霧がうっすらと立ちこめる竹林へ出かけていきます。青い竹の匂いが鼻をくすぐって、朝露が葉先からぽたりと落ちました。
カツン、カツン。
竹を切る音が、しんとした林に響きます。おじいさんはもう何十年も、こうして竹を切って暮らしてきました。
ある朝のことです。
一本の竹の根元が、ほんのりと光っていました。眩しい光ではありません。月の光をそっと閉じ込めたような、やわらかな金色の光です。
おじいさんは息をのみました。そっと近づいて、竹を割ってみます。
中に、小さな小さな女の子が眠っていたのです。
手のひらに乗るほどの大きさで、透き通るような肌をしています。すやすやと静かな寝息を立てて、体のまわりに淡い光をまとっていました。
「なんと、まあ」
おじいさんは両手でそっと抱き上げました。小さな体は温かくて、胸の奥がじんわりとしてきます。
家に連れて帰ると、おばあさんも目を丸くしました。
「まあ、まあ。なんてかわいい子だこと」
ふたりは女の子を「かぐや」と名付けて、大切に大切に育てることにしました。
かぐやは不思議な子でした。
三日で倍の大きさになり、ひと月もすると少女の姿になっています。三月のうちに、美しい娘になりました。
黒い髪は絹糸のようにさらさらと流れ、瞳には星が映っているように輝いています。笑うと、部屋の空気がふわっと明るくなりました。
かぐやは庭の花に水をやるのが好きでした。朝顔の蔓をやさしくなでて、夕顔の白い花にそっと語りかけます。不思議なことに、かぐやが水をやった花は、どれもひときわ美しく咲くのでした。
おじいさんは竹を切りに出かけるたびに、光る竹を見つけるようになりました。割ってみると、中には黄金がぎっしり詰まっています。
おかげで暮らしは豊かになり、かぐやは何不自由なく育っていきます。
けれど、かぐやにはひとつだけ、ふしぎな癖がありました。
夜になると、縁側に出て、いつまでもお月様を眺めているのです。
秋の夜は特にそうでした。すすきが風に揺れて、虫の声がりんりんと響く中、かぐやは膝を抱えてお月様を見上げています。その横顔は、どこか遠いところを懐かしんでいるようでした。
「かぐや、風邪をひくよ」
おばあさんがそっと肩に着物をかけてやると、かぐやはにっこり笑いました。
「ありがとう、おばあさま」
かぐやの美しさは、やがて国じゅうに伝わりました。五人の若い男たちが、次々にやってきては結婚を申し込みます。
けれどかぐやは、それぞれにかなわない願いを出しました。
「仏の御石の鉢を持ってきてください」
「蓬莱の玉の枝をください」
「火鼠の皮衣をください」
どれも、この世には存在しないものばかりです。男たちは誰ひとり、本物を持って帰ることはできませんでした。
おじいさんは少し心配そうに言いました。
「かぐや、お前は誰とも一緒にならないのかい」
かぐやは静かに首を振ります。その目に、うっすらと涙が光っていました。
秋が深まって、十五夜の月が近づいてきました。
かぐやは毎晩毎晩、お月様を見上げては涙を流すようになりました。おじいさんとおばあさんが声をかけても、ただ静かに泣いているばかりです。
ある晩、かぐやはとうとう打ち明けました。
「おじいさま、おばあさま。わたしは、月の世界の者なのです」
ふたりは息をのみました。
「十五夜の晩に、月からお迎えがまいります。わたしは、帰らなければなりません」
おじいさんの手が、ぶるぶると震えました。おばあさんがかぐやの手をぎゅっと握ります。
「行かないでおくれ。お前はわしらの宝だ」
かぐやは涙をこぼしながら、ふたりの手をそっと包みました。
「おじいさま、おばあさま。竹の中で目を覚ましたあの日から、おふたりのそばで過ごした毎日が、わたしの一番の宝物です」
十五夜の晩がやってきました。
空にはこれまで見たこともないほど大きな月が昇っています。銀色の光が、庭も屋根も山の稜線も、すべてをやわらかく照らしていました。
やがて月の光がいっそう強くなり、空から静かに光の道が降りてきます。
月の使いたちでした。白い衣をまとい、雲の上を歩くように降りてきます。笛の音が遠くから聞こえてきました。やさしくて、どこか懐かしい音色です。
かぐやは白い衣に着替えると、おじいさんとおばあさんの前にそっとひざまずきました。
「ありがとうございました。おふたりの子どもに生まれてこられて、わたしは幸せでした」
おじいさんが涙声で言いました。
「月を見るたびに、お前のことを思い出すよ」
かぐやはにっこりとほほえんで、光の道をゆっくりと昇っていきました。その姿がだんだんと小さくなっていきます。
やがて、月の中にすうっと溶け込むように消えていきました。
あとには、銀色の月が静かに輝いています。
おじいさんとおばあさんは、並んで縁側に座りました。虫の声が、りんりんと夜に溶けていきます。
月の光が、ふたりの膝にそっと降り注いでいます。その光は不思議と温かくて、まるでかぐやがそっと肩に手を置いてくれているようでした。
秋の風が静かに吹いています。すすきの穂が、さらさらと揺れていました。