むかし、ある村に、ジャックという男の子がお母さんとふたりで暮らしていました。
家はとても貧しくて、食べるものがだんだん少なくなっています。お母さんは考えた末、大切にしていた牛を売ることにしました。
「ジャック、この牛を町の市場で売ってきておくれ」
ジャックは牛を引いて歩いていきました。道の途中で、ふしぎなおじいさんに出会います。
「その牛と、この豆を交換しないかい。これは魔法の豆だよ」
おじいさんの手のひらに、五粒の豆がころんと乗っています。色とりどりに光って、まるで宝石のようでした。
ジャックは豆に目を奪われて、牛と交換してしまいました。
家に帰ると、お母さんはびっくりして、そしてがっかりしました。
「豆ですって。なんてことをしたの」
お母さんは豆を窓の外に投げてしまいました。ジャックはしょんぼりとして、何も食べずに眠りました。
次の朝、目を覚ましたジャックは驚きました。窓の外に、巨大な豆の木がそびえ立っているのです。太い幹がぐんぐんと空に向かって伸びて、てっぺんは雲の中に消えています。
葉っぱが朝の光にきらきらと輝いていました。露のしずくが光を受けて、宝石のように煌めいています。
ジャックはわくわくして、豆の木に登り始めました。大きな葉っぱを手がかりに、ぐんぐん登ります。見下ろすと、家がどんどん小さくなっていきました。
やがて雲の中に入ります。白い霧がふわふわと体を包んで、しっとりと冷たい。雲を抜けると、そこには信じられない景色が広がっていました。
雲の上に、広い広い野原があるのです。地面は雲でできていて、ふかふかとやわらかい。金色の花が風にゆれて、甘い香りが漂っています。遠くには大きなお城がそびえていました。
ジャックは雲の道を歩いてお城に近づきました。門は大きくて、ジャックが十人並んでもまだ余るほどです。中からパンの焼ける匂いがしてきます。
お城に住んでいたのは、大きな大きな巨人のおじさんでした。テーブルも椅子も、何もかもがジャックの何倍もあります。
巨人のおじさんは見た目はごつごつとしていますが、目がとてもやさしい。奥さんがパンを焼いていて、台所はいい匂いでいっぱいです。
「おや、小さなお客さんだ」
巨人のおくさんがジャックを見つけて、にっこりと笑いました。
「おなか空いているんでしょう。パンをお食べなさい」
焼きたてのパンはほかほかで、バターがとろりと溶けています。ジャックは夢中で食べました。ほくほくと温かくて、体の芯までじんわりと満たされていきます。
食事のあと、巨人のおじさんは不思議なものを見せてくれました。金の卵を産むめんどりと、ひとりでに美しい音色を奏でる金の竪琴です。
竪琴の音色が広間に響き渡ります。やさしくて、どこか懐かしいメロディー。雲の上の風がそっと窓から入ってきて、カーテンをゆらしていました。
「この竪琴はね、聴いている人を幸せな気持ちにしてくれるんだよ」
巨人のおじさんが穏やかな声で言いました。
ジャックはお母さんのことを思い出しました。お母さんにも、この音楽を聴かせてあげたい。おいしいパンを食べさせてあげたい。
「おじさん、お母さんが病気で元気がないんです。この竪琴の音色を聴かせてあげたいのですが」
巨人のおじさんは少し考えて、それからうなずきました。
「いいとも。やさしい子だね。竪琴を貸してあげよう。それから、金の卵もひとつ持っていきなさい」
ジャックは何度もお礼を言って、竪琴と金の卵を抱えて豆の木を降りていきました。雲の間から夕日の光が差し込んで、黄金色の道のようです。
家に帰ると、お母さんは目を丸くしました。金の卵を売ったお金で、おいしいごはんが買えます。竪琴がやさしい音色を奏でると、お母さんの顔に笑顔が戻りました。
「ジャック、ありがとう。なんてきれいな音なんでしょう」
それからジャックは時々豆の木に登って、雲の上の巨人のおじさんに会いに行きました。おくさんの焼くパンを食べて、竪琴の音色を一緒に聴きます。
雲の上の野原には、季節ごとにちがう花が咲きました。春は金色のたんぽぽ、夏は銀色のひまわり、秋は虹色のコスモス。どれも地上では見たことのない、不思議で美しい花です。
ある夕暮れ、ジャックは雲の上に寝転んで、巨人のおじさんと並んで空を眺めました。雲の下には夕焼けが広がって、空がだいだい色と紫色に染まっています。
「きれいだなあ」
ジャックがつぶやくと、巨人のおじさんもうなずきました。
「ああ、きれいだ」
遠くで竪琴がかすかに鳴っています。風がやさしく吹いて、金色の花びらがひとひら、ふたひら、空に舞い上がりました。星がひとつ灯って、それからふたつ、みっつ。雲の上の夕暮れは静かに夜へと移り変わっていきました。