むかし、京の都のお寺に、一休さんという小坊主がおりました。
つるりと丸めた頭に、くりっとした目。小さな体ですが、頭のよさは大人顔負けです。
ある日のこと。お殿様が一休さんを呼び出しました。
「一休、おまえはとんちが利くと聞いたぞ。ひとつ試してやろう」
お殿様は屏風を指さしました。屏風には、大きな虎の絵が描いてあります。今にも飛び出してきそうな、迫力のある虎です。
「この虎が夜な夜な屏風から抜け出して暴れておる。縄で縛ってくれぬか」
家来たちがくすくすと笑いました。絵の虎を縛れるはずがありません。
一休さんは少し考えました。ぽくぽくぽくと頭を指で叩いて。
チーン。
にっこり笑って、縄を手に取りました。
「お殿様、縄の用意はできました。さあ、虎を屏風から追い出してください。わたしが縛りましょう」
お殿様はぽかんとして、それから大笑いしました。
「はっはっは。やられたわ」
絵の虎を追い出すことなど、誰にもできないのですから。
また別の日のこと。
お寺の前に「このはしわたるべからず」と書いた立て札がありました。橋を渡ってはいけない、という意味です。
一休さんはにこにこしながら、橋の真ん中を堂々と歩いていきます。
「一休、橋を渡るなと書いてあるだろう」
和尚さんが声をかけると、一休さんはきょとんとしました。
「はし(端)は渡っておりません。真ん中を歩いております」
和尚さんはため息をつきましたが、口元がにやりと笑っています。
またある日のこと。お殿様が大きな餅を一休さんに見せました。
「一休、この餅を刃物を使わずに切ってみせよ」
一休さんはぽくぽくぽくと考えて、チーン。
「お殿様。それでは『もち』という字を紙に書いてくださいませ」
お殿様が筆で「もち」と書くと、一休さんはその紙の上にすうっと指を走らせました。
「はい、字を切りました。『もち』を切りましたよ」
「おまえというやつは」
お殿様はまたしても大笑いです。結局、みんなで仲良くお餅をちぎって食べました。きなこのお餅は甘くて、口の中でとろりと溶けます。
一休さんのとんちは、いつも誰かを笑顔にしました。難しい問題をするりと解いて、みんなをあっと驚かせるのです。
けれど夜になると、一休さんはお寺の縁側に座って、静かにお月さまを眺めます。
虫の声がりんりんと響いています。お堂の中では、和尚さんがお経を唱える声がかすかに聞こえていました。
一休さんは小さな声でつぶやきます。
「とんちもいいけれど、一番大切なのは、やさしい心だなあ」
お月さまが、にっこりと笑ったように見えました。