むかし、ある村に、ごんという名前の子ぎつねがいました。
ごんはひとりぼっちのきつねです。森の奥の穴に住んで、畑のいもを掘ったり、村の人にいたずらをしたりして暮らしていました。
ある日、ごんは川で兵十という男が魚を捕っているのを見つけました。びくの中にうなぎがいます。兵十が目を離したすきに、ごんはうなぎをつかんで逃がしてしまいました。しっぽを振って帰っていきます。いたずらが成功して、愉快な気持ちでした。
何日かして、村のほうからお葬式の列が見えます。
聞いてみると、兵十のお母さんが亡くなったのでした。
ごんはふと考えました。あのうなぎは、病気のお母さんに食べさせるために捕っていたのかもしれない。
胸がぎゅっと痛くなりました。
「ぼくのせいだ。あのうなぎを逃がさなければ、お母さんに食べさせてやれたのに」
次の日から、ごんは兵十の家にこっそり贈り物を届け始めました。
最初は栗です。大きくて光る栗を、両手にいっぱい抱えて、戸口にそっと置きました。見つからないように、急いで逃げます。
次の日は松茸。山の奥まで分け入って、落ち葉をかき分けて、いちばん大きなのを見つけました。その次はまたたくさんの栗。雨の日も、風の日も、ごんは森じゅうを歩き回っておいしいものを探しては、兵十の家に運び続けました。
しっぽがびしょ濡れになっても、足の裏が痛くなっても。ごんは通い続けます。兵十が朝、戸口を開けて、不思議そうに栗を見つめる顔を、ごんは遠くの茂みからそっと見ていました。その顔を見ると、胸のあたりがすこしだけあたたかくなるのです。
兵十は不思議に思っていました。毎朝、戸口に栗や松茸が置いてある。いったいだれが届けてくれるのだろう。
「神さまが恵んでくださるのかもしれない」
兵十はそう思って、毎朝手を合わせていました。友だちの加助にも話しました。
「毎日毎日、栗や松茸が届くんだ。誰が置いてくれるのかわからない」
加助はうなずいて言いました。
「それは神さまのしわざだろう。おっ母を亡くしたおまえを、あわれんでくださるのさ」
ごんはそれを聞いて、すこし寂しくなりました。神さまじゃない、ぼくなのに。でも名乗り出るわけにもいきません。ごんは黙って、次の日もまた栗を届けました。
秋が深まって、山が赤く染まっています。ごんは今日もいちょうの木の下で栗を拾いました。落ち葉がかさかさと舞って、木漏れ日がちらちらと揺れます。
大きな栗をいっぱい抱えて、兵十の家に向かいます。裏口からそうっと中へ入ろうとしました。
そのとき、兵十が振り向いたのです。
きつねが家の中に入ってくるのが見えました。兵十の頭に浮かんだのは、いたずら好きのきつねのことです。またいたずらをしに来たのだと思いました。
兵十は火縄銃を手に取りました。
「この泥棒ぎつねめ」
ドン。
ごんはばたりと倒れました。抱えていた栗が、ころころと土間に転がっていきます。
兵十が駆け寄ると、ごんの足元に栗が散らばっていました。戸口のほうを見ると、昨日もおとといも置いてあった栗と同じ、大きくて光る栗です。
兵十はかちりと固まりました。
「おまえだったのか。いつも栗をくれたのは」
ごんはぐったりと横たわったまま、小さくうなずきました。
火縄銃が、兵十の手からがたりと落ちました。
青い煙がゆっくりと天井に昇っていきます。土間に転がった栗が、差し込む夕日に照らされて、ひとつひとつ金色に光っていました。
ごんはもう動きません。小さな目がうっすらと閉じていきます。
秋の夕暮れ、いちょうの葉が金色に舞っていました。兵十はごんのそばにしゃがみこんだまま、長いこと動けませんでした。