むかし、あるお城に、わがままなお姫さまが暮らしていました。
お姫さまの一番のお気に入りは、金の毬でした。きらきら光る美しい毬を、お城の庭で投げては受ける。それがお姫さまの毎日の遊びです。
ある暑い夏の日のこと。お姫さまは泉のそばで金の毬を投げていました。木漏れ日が水面にちらちらと映って、あたりは涼しげな水の音に包まれています。
ぽーんと高く投げた毬が、手からすべりました。毬はころころと転がって、泉の中にぽちゃんと落ちてしまいます。
泉は深くて、底が見えません。金の毬は沈んで見えなくなりました。
お姫さまは泣き始めました。大事な大事な金の毬。どうしても取り戻したい。
すると、泉の中からかえるが一匹、ぴょこんと顔を出しました。
「お姫さま、どうして泣いているの」
「金の毬が泉に落ちたの。取ってくれたら、なんでもあげるわ」
「なんでもいらないよ。ただ、ぼくと一緒にごはんを食べて、一緒に遊んで、友だちにしてくれればいい」
お姫さまはすぐにうなずきました。毬さえ戻ってくれば、かえるとの約束なんて守らなくてもいいだろうと思ったのです。
かえるは泉の底に潜って、金の毬を持って戻ってきました。水のしずくがきらきらと光っています。
お姫さまは毬を受け取ると、かえるを置いてさっさとお城に帰ってしまいました。かえるがいくら呼んでも、振り向きません。
次の日の夕ごはんどき。お城の扉をぺたぺたと叩く音がしました。
「お姫さま、約束を守ってよ」
かえるが来たのです。お姫さまは嫌な顔をしましたが、王さまがおっしゃいました。
「約束は守らなければならないよ」
しぶしぶお姫さまはかえるをテーブルに座らせました。かえるはお皿のそばにちょこんと座って、お姫さまと一緒に夕ごはんを食べます。スープをちょぴちょぴと飲んで、パンのかけらをもぐもぐとかじりました。
「おいしいね」
かえるがにこにこと言います。お姫さまはまだ嫌そうな顔をしていましたが、かえるの嬉しそうな様子を見ていると、すこし心がやわらぎました。
食事のあと、かえるは庭の花の話をしてくれました。泉から見える景色のこと。水の中から見上げる月がどれほどきれいか。星の光が水面で踊るように揺れることを。
お姫さまは初めて、かえるの話に耳を傾けました。水の底から見る世界は、思っていたよりずっと美しいのかもしれません。
「明日も来ていい」
かえるがそっと聞きました。お姫さまは少し迷って、それからうなずきました。
「いいわ」
次の日も、その次の日も、かえるはやってきました。一緒にごはんを食べて、庭を散歩して、泉のほとりでおしゃべりをします。お姫さまは気がつくと、かえるが来るのを楽しみに待つようになっていました。
ある夕暮れ、泉のほとりでかえるがぽつりと言いました。
「ありがとう。友だちになってくれて」
お姫さまはかえるをそっと手のひらに乗せました。小さくてひんやりした体。けれど、目はやさしく澄んでいます。
「わたしこそ、ごめんなさい。最初は約束を守ろうとしなかった」
そう言って、かえるのおでこにそっとキスをしました。
すると、ぱっと光が弾けて、かえるの姿が変わり始めます。みるみるうちに、やさしい目をした王子さまが立っていました。
「魔法使いに、かえるに変えられていたんだ。心からの友情だけが、魔法を解くことができた」
お姫さまは驚いて、それから嬉しくて、笑いました。
泉の水面が夕日を映して、金色にきらきらと輝いています。かえるの声がどこかで静かに鳴いて、庭の花がやわらかな風に揺れていました。空の高いところに、一番星がそっと灯ります。