ある土曜日の夕方、一郎のもとに、おかしなはがきが届きました。
「あした、めんどうな裁判があるので、おいでください。山ねこ拝」
字がぐにゃぐにゃで、墨がところどころにじんでいます。一郎はわくわくして、その夜なかなか眠れませんでした。
次の朝、谷川に沿って山のほうへ歩いていきます。空は澄んだ青で、栗の木がざわざわと風に揺れていました。
「山ねこさんのところへ行くんですが、知りませんか」
栗の木に聞くと、馬車がけさ早く南へ飛んでいったと教えてくれます。滝に聞くと、西のほうへ行ったと言います。きのこに聞くと、すぐそこだと教えてくれました。
やがて開けた草地に出ると、どんぐりがたくさん集まっています。三百以上はいるでしょう。みんな赤い帽子をかぶったり、とがった頭をしたりして、わいわいがやがやと騒いでいます。
真ん中に、山ねこが座っていました。黄色い目をした大きな猫で、どんぐりたちを困った顔で見ています。そばには馬車別当のまっ白なきのこが控えていました。
「やあ、来てくれたか。助かる。このどんぐりどもが、三日も言い合いを続けておるのだ」
どんぐりたちの裁判です。だれが一番えらいかを決めてほしいというのです。
「わたしが一番とがっているから、一番えらい」
「いいや、わたしが一番まるいから、一番えらい」
「わたしが一番大きいのだ」
「わたしが一番つやつやしている」
「わたしが一番背が高い」
「わたしの帽子がいちばん立派だ」
どんぐりたちは口々に叫んで、まったくおさまりません。頭をぶつけ合ったり、ころころ転がったり、帽子を投げつけたりして、大騒ぎです。山ねこは耳をぱたぱた動かして、困った顔をしていました。
一郎はしばらく考えて、それから言いました。
「このなかで、いちばんえらくなくて、いちばんばかで、まるでなっていないようなのが、いちばんえらいのです」
どんぐりたちはぴたりと静まりました。自分がいちばんばかだと言われたくない。だれも「わたしだ」と言えません。
山ねこはぱちぱちと手を叩きました。
「おみごと。裁判はこれにて終わり」
どんぐりたちはしぶしぶながら、ころころと帰っていきました。赤い帽子やとがった帽子が、草のあいだに消えていきます。山ねこは嬉しそうにひげをぴんと張って、一郎にお礼を言います。馬車別当の白いきのこも、ゆらゆらとかさを揺らして喜んでいました。
「また裁判があったら呼んでもいいかね。はがきにはなんと書こうか。裁判についてのお名前は」
一郎が考えていると、あたりの景色がゆらゆらと揺れ始めました。山ねこも馬車別当も、すうっと薄くなっていきます。
気がつくと、一郎は谷川のそばに立っていました。手の中には金色のどんぐりがひとつ、ころんと乗っています。
あれは夢だったのだろうか。けれど手のひらのどんぐりは、たしかに温かくて、ほのかに光っています。
それからあとは、山ねこからのはがきは二度と届きませんでした。
でも一郎は、秋になると山へ行って、どんぐりを拾います。ひとつひとつ手に取って眺めていると、あのにぎやかな裁判のことが思い出されて、くすりと笑ってしまうのでした。
山の向こうに夕日が沈んでいきます。栗の木がざわざわと揺れて、どこかで谷川の水音がさらさらと聞こえていました。