ある秋の日のこと。
一頭の鹿が、猟師に追われて森の中を走っていました。木の間をすり抜け、茂みを飛び越え、息を切らせて走ります。
大きなぶどうの木が見えてきました。葉が豊かに茂って、つるが低く垂れ下がっています。
鹿はぶどうの木の陰にもぐりこみました。葉っぱがカーテンのように鹿の体を隠してくれます。
猟師がやってきました。あたりを見回しますが、ぶどうの葉が厚くて、鹿の姿は見えません。猟師は首をかしげて、通り過ぎていきました。
鹿はほっと息をつきました。
「助かった」
安心した鹿は、急にお腹がすいてきました。目の前にぶどうの葉が揺れています。みずみずしくて、おいしそうに見えます。
鹿は何も考えずに、もしゃもしゃとぶどうの葉を食べ始めました。一枚、二枚、三枚と。
葉が減っていくと、鹿の体がだんだん見えるようになってきます。茶色い背中が、すっかりむき出しになりました。
そこへ、猟師が戻ってきたのです。
「おお、こんなところにいたか」
鹿は慌てて飛び出して、再び森の奥へ走っていきました。今度はなんとか逃げ切りましたが、足ががくがくと震えています。
鹿は息を整えながら、ぶどうの木のほうを振り返りました。
「自分を助けてくれた木の葉を、わたしは食べてしまった」
鹿はしばらくじっとうつむいていました。風がそよりと吹いて、残ったぶどうの葉がさらさらと揺れています。夕日がぶどうの実を赤紫に染めて、森がだんだん静かになっていきました。