むかし、グレーテルという料理の上手な女の子がいました。
グレーテルは町の料理人で、どんな料理もおいしく作ります。特に得意なのは鶏の丸焼き。こんがりときつね色に焼き上げて、バターの香りがふわりと漂う、それはそれは見事な焼き加減です。
ある日、グレーテルの旦那さまが言いました。
「今晩、お客さまが来る。鶏を二羽、おいしく焼いておくれ」
「おまかせください」
グレーテルは張り切って鶏を焼き始めました。台所にいい匂いが広がっていきます。じゅうじゅうと脂がはねて、皮がぱりぱりときつね色に焼けていく。
鶏が焼けるあいだ、グレーテルはぶどう酒をちびりと飲みました。料理人はのどが渇くのです。もうちびり。もうちびり。
鶏がこんがりと焼き上がりました。つやつやと光って、おいしそうな匂いがたまりません。でもお客さまはまだ来ません。
「冷めてしまうわ。もったいない」
グレーテルは焼きたての鶏の手羽先をぽきりと折って、味見をしました。さくっとした皮の中から、じゅわっと肉汁があふれます。
「おいしい。これは上出来」
もう片方の手羽先も味見しました。おいしくて止まりません。もも肉もひと口。むね肉もひと口。
気がつくと、一羽目の鶏がすっかりなくなっていました。
「あらまあ」
グレーテルは目を丸くしましたが、すぐに考えました。一羽だけ出すのはみっともない。かといって、もう焼く時間はありません。
二羽目の鶏をじっと見つめます。こちらもこんがりといい色です。いい匂いがします。
「味がそろっていないといけないから、こちらも確かめないと」
ぱくり。ぱくり。二羽目もきれいになくなってしまいました。
そこへ旦那さまが来て、お客さまがそろそろ来ると言います。グレーテルはひらめきました。
お客さまがやってきたとき、グレーテルはこっそり耳打ちしました。
「大変、逃げてください。旦那さまがあなたの耳を切ろうとしていますよ」
お客さまはびっくりして走って帰ってしまいました。
そして旦那さまには、こう言いました。
「お客さまが鶏を二羽とも持って逃げてしまいました」
旦那さまは包丁を持って追いかけていきます。お客さまはそれを見て、ますます走りました。旦那さまも走ります。ふたりの影が夕暮れの町をどたばたと駆けていきました。
グレーテルは台所の椅子に座って、くすくすと笑いました。おなかがいっぱいで、体がぽかぽかとあたたかい。
窓の外に夕焼けが広がっています。町の屋根が夕日に照らされて、赤く染まっていました。遠くの塔から鐘の音がかあんと響いて、つばめが低く飛んでいきます。
グレーテルはぶどう酒をもうひと口飲んで、満足そうに目を細めました。台所にはまだ鶏のこんがりした匂いがほんのりと漂って、暖炉の火がやさしくゆれています。