町のはずれに、ゴーシュというセロ弾きの青年が住んでいました。
ゴーシュは町の楽団でセロを弾いています。けれど楽団の中ではいちばん下手で、楽長にいつも叱られていました。
「ゴーシュ君、きみのセロだけ合っていない。感情がまるでこもっていない。もっと練習したまえ」
ゴーシュはがっくりとうなだれて、壊れかけた小屋に帰ります。毎晩、水を一杯飲んで、ごしごしと顔を拭いて、それからセロを弾きました。ぎいぎいと、ごうごうと、夜遅くまで練習します。けれど、弾けば弾くほど、うまくいきません。ゴーシュは歯を食いしばって、くる日もくる日もセロに向かいました。
ある夜、練習していると、扉をとんとんと叩く音がしました。
開けると、三毛猫が立っています。
「トロイメライを弾いてください」
ゴーシュはむっとしました。楽長にさんざん叱られて、くたくたになっているのに、猫にまで注文をつけられるとは。
「生意気な猫だ」
ゴーシュは怒って、わざとめちゃくちゃに弾いてやりました。猫は目を白黒させて、しっぽを膨らませて飛び出していきます。ゴーシュは扉をぱたんと閉めて、また練習に戻りました。けれど猫の言った「トロイメライ」が頭に残っています。試しにゆっくりと弾いてみると、いつもとすこし音が変わったような気がしました。
次の夜は、かっこうがやってきます。
「ドレミファを教えてください」
ゴーシュがセロでドレミファを弾くと、かっこうが合わせて鳴きます。かっこう、かっこう。
ところがゴーシュのセロと、かっこうの声が、どうしてもぴったり合いません。何度やってもわずかにずれるのです。ゴーシュはだんだんいらいらしてきました。
「もう一回」
かっこうが一生懸命に鳴きます。かっこう、かっこう。澄んだ声が何度も小屋の中に響きます。それでもゴーシュのセロの音とは合いません。
ゴーシュはとうとう怒り出しました。
「出ていけ。こっちは忙しいんだ」
どなりつけて、足を踏み鳴らしました。かっこうはびくりと体を震わせて、窓にぶつかりながら、必死に外へ逃げていきます。羽がガラスに当たって、ばさばさと音がしました。
かっこうがいなくなって、小屋はしんと静まり返りました。ゴーシュは黙ってセロの弦を見つめます。かっこうの澄んだ声が、まだ耳の奥に残っていました。
また次の夜は、たぬきの子どもが小太鼓を持ってやってきます。
「お父さんが、ゴーシュさんのセロに合わせて太鼓を叩けと言いました」
ゴーシュが弾くと、たぬきの子がとことことこと太鼓を叩きます。すこしずれて、また合って。だんだんぴったりと息が合うようになりました。ゴーシュは不思議に思います。自分のセロに誰かが合わせてくれるということが、こんなに心地よいとは。
「ゴーシュさん、とてもいい音です」
たぬきの子はにこにこ笑って、小太鼓をぽんぽんと叩きながら帰っていきます。小さな足音がだんだん遠くなって、森の中に消えていきました。
さらに次の夜は、野ねずみの親子がやってきました。子ねずみが病気だと言うのです。
「セロの音を聴かせてやってください。きっと元気になります」
ゴーシュはやさしい曲を弾いてやりました。セロの胴のあたたかい振動が、小さな子ねずみの体に伝わります。子ねずみの目がだんだんぱっちりと開いて、しっぽをぴんと立てました。
「ありがとうございます。おかげさまで元気になりました」
野ねずみの親子はぺこぺこお辞儀をして帰っていきました。ゴーシュの胸がじんとあたたかくなります。自分の音が、だれかの役に立ったのです。
いよいよ演奏会の夜がやってきました。
ゴーシュはいつものように舞台に座って、セロを構えます。指揮棒が振り下ろされると、楽団の音がわあっと広がりました。
ゴーシュのセロが広間いっぱいに響きます。深くて、あたたかくて、やわらかい音色。猫が怒って出ていったあとに気づいた、やさしく弾くということ。かっこうと何度も繰り返した、澄んだ音の記憶。たぬきの子と息を合わせた喜び。野ねずみの親子に届けたあたたかさ。動物たちと過ごした夜の全部が、ゴーシュの音になっていました。
演奏が終わると、客席から大きな拍手が沸き起こりました。アンコールの声がかかって、ゴーシュはひとりで舞台に残り、セロを弾きました。楽長が振り返って、深くうなずきます。
「よかったぞ、ゴーシュ君」
ゴーシュは小屋に帰って、窓を開けました。月が出ています。遠くの森から風が吹いてきて、虫の声がりんりんと響いていました。
ゴーシュはあの夜のことを思い出していました。窓にぶつかりながら逃げていった、かっこうの姿。あのとき、かっこうはゴーシュよりもずっと正しい音で鳴いていたのです。それなのに怒鳴りつけて、追い出してしまった。
「かっこう、あのときはすまなかったな」
ゴーシュはぽつりとつぶやいて、遠くの森を見つめました。月の光が小屋の中にやさしく差し込んで、セロの胴を静かに照らしています。