寒い寒い冬のことです。
山の奥の洞穴に、きつねの母さんと子ぎつねが暮らしていました。
ある朝、子ぎつねが目を覚まして、洞穴の外へ飛び出しました。ところが、すぐに目がちかちかして、おっかなびっくり戻ってきます。
「お母ちゃん、目が痛いよう。お目々になにか刺さった」
母さんぎつねはそっと笑いました。
「大丈夫よ。雪が降ったのよ。雪の白さが、お日さまの光をはね返して、まぶしいだけ」
洞穴の入り口に立つと、外は見渡すかぎりの銀世界です。木の枝にも、地面にも、ふかふかの雪が積もっていました。
子ぎつねが雪の上を駆け回ります。キュッ、キュッと足跡がつきました。冷たくて、でも楽しくて、子ぎつねは夢中で遊びます。
しばらくすると、子ぎつねの手が冷たくてたまらなくなりました。指先がじんじんと痛みます。ぼたん雪が牡丹の花のように降ってきて、子ぎつねの鼻先をくすぐりました。
「お母ちゃん、手が冷たいよう」
母さんぎつねは子ぎつねの小さな手をぎゅっと握って、はあっと息を吹きかけてやりました。
「手袋を買ってやらなくてはね」
夜になって、母さんぎつねは子ぎつねを連れて町へ向かいました。月の光に照らされた雪道を、ふたりの小さな影が歩いていきます。
町が近づいてくると、あちこちの家の窓に灯りが見えました。温かそうな光が、雪の上に四角く落ちています。
母さんぎつねは、むかし町で怖い思いをしたことがありました。人間の怖さを、体が覚えています。足が止まってしまいました。
「ごめんね。お母ちゃんはここまでしか行けないの」
母さんぎつねは、子ぎつねの片方の手を人間の子どもの手に変えてやりました。ぷっくりとした小さな手です。
「いいかい。この手のほうだけ出すんだよ。間違えて、きつねの手を出しちゃいけないよ」
「うん、わかった」
子ぎつねは、ひとりで町の中へ歩いていきました。ドキドキしながら、一歩ずつ。
帽子屋さんの窓には、色とりどりの帽子と手袋が飾ってあります。窓の中の灯りが、雪の上に温かな光を落としていました。
子ぎつねは戸をトントンと叩きました。
「どなたですか」
中からおじさんの声がします。
「手袋をください」
子ぎつねは戸の隙間から手を差し入れました。ところが、間違えてきつねの手のほうを出してしまったのです。
帽子屋のおじさんは、小さなきつねの手を見て、少し驚きました。けれど、何も言わずににっこり笑いました。
「白い毛糸の手袋でいいかい」
ふわふわの手袋を、そっと小さな手にはめてくれました。
「ありがとう」
子ぎつねはお金を置いて、急いで走り出しました。手袋はあたたかくて、やわらかくて、なんだか幸せな気持ちがします。
町を出ると、母さんぎつねが待っていました。
「お母ちゃん、手袋買えたよ。ほら」
子ぎつねは嬉しそうに両手を広げてみせます。白い手袋がお月さまの光にほんのりと光っていました。
「あのね、お母ちゃん。きつねの手を出しちゃったの。でもね、おじさん、怒らなかったよ。手袋をはめてくれたの」
母さんぎつねは黙ったまま、遠くの町の灯りを見つめました。帽子屋さんの窓の灯りが、雪の中であたたかく揺れています。
「人間って、ほんとうにいいものかしら」
母さんぎつねはつぶやきました。その声は、とてもやさしいものでした。
ふたりは手を繋いで、月の光が降り注ぐ雪道を歩いていきます。子ぎつねの手袋の中は、ぽかぽかとあたたかい。
足元でキュッ、キュッと雪が鳴ります。見上げると、大きなお月さまが雲のあいだからこちらを見ていました。木の枝に積もった雪が、月の光で銀色にきらきらと光っています。
洞穴に帰り着くと、母さんぎつねが子ぎつねをぎゅっと抱きしめました。ふたりで丸くなって眠ります。子ぎつねはぬくぬくの手袋をはめたまま、母さんぎつねのお腹にくっついて、すうすうと寝息を立て始めました。
雪がしんしんと降り続いています。森のほうから、ふくろうの声がそっと聞こえてきました。