むかし、あるお寺に、和尚さんが住んでおりました。
ある日のこと。和尚さんは古道具屋で、ひとつの茶釜を買いました。鉄でできた、どっしりとした茶釜です。
「いい茶釜だ。今日はこれでお茶を沸かそう」
お寺に帰って、囲炉裏の火にかけました。パチパチと火がはぜて、鉄がだんだんと熱くなっていきます。
すると。
「あちちちちっ」
茶釜が声を上げました。
和尚さんが目を丸くして見ていると、茶釜からにょきにょきと手足が生えてきます。ふさふさの尻尾も出てきました。
「あちち、あちち。熱いよう」
茶釜は囲炉裏から飛び降りて、部屋の中をぱたぱたと走り回ります。
「これはたぬきの化けた茶釜だ」
和尚さんはびっくりしましたが、怒りはしませんでした。困ったのは、この茶釜をどうするかです。
「火にかけるわけにもいかんし、茶釜としては使えんなあ」
そこへ、古道具屋のごんべえさんが通りかかりました。和尚さんは茶釜を譲ることにしました。
ごんべえさんが茶釜を家に持って帰ると、夜中に茶釜がもぞもぞと動き出しました。にょきにょきと手足が出て、尻尾も出てきます。
「やあ、ごんべえさん」
茶釜がにっこり笑いました。丸い目がくりくりしています。
ごんべえさんは驚きましたが、なんだかおかしくて笑ってしまいました。
「おまえさん、たぬきだったのかい」
「そうなんです。和尚さんのところでは火にかけられて、ひどい目にあいました」
「そりゃあ大変だったなあ」
ごんべえさんが温かいご飯をあげると、茶釜たぬきはおいしそうに食べました。
「ごんべえさんはやさしいですね。お礼に、わたしの芸を見せましょう」
茶釜たぬきは、綱渡りを始めました。細い紐の上を、よちよちと歩いていきます。短い手を広げてバランスをとる姿が、なんともかわいらしい。
「おおっ、すごいじゃないか」
ごんべえさんは手を叩きました。
「これなら、見せ物にしたら人が集まるかもしれない」
次の日から、ごんべえさんは「ぶんぶくちゃがまの曲芸」と看板を出して、見せ物小屋を始めました。
茶釜たぬきは綱渡りをしたり、でんぐり返しをしたり、扇子を持って踊ったりします。お客さんたちは大喜びです。
「かわいいねえ」
「上手だねえ」
子どもたちが目をきらきらさせて、手を叩いていました。
見せ物小屋は大繁盛して、ごんべえさんはすっかりお金持ちになりました。
ある晩のこと。茶釜たぬきがごんべえさんに言いました。
「ごんべえさん。そろそろわたしは、山に帰ろうと思います」
「そうかい。寂しくなるなあ」
「でも、もとの茶釜の姿のまま、お寺に置いてもらえませんか。和尚さんのお寺は、居心地がよかったのです。火にさえかけなければ」
ごんべえさんは笑って、茶釜をお寺に届けました。和尚さんに事情を話すと、和尚さんも笑いました。
「そうか、そうか。もう火にはかけんよ。大事にするとも」
茶釜は本堂の棚に大切に飾られました。もう手足は出しませんが、夜中にそっと耳を澄ますと、茶釜の中から小さな寝息が聞こえるのだそうです。
すう、すう、すう。
月の光が本堂にそっと差し込む、静かな夜のことでした。