九月の初め、山の分教場に変わった子がやってきました。
赤い髪で、目がきらきらと光っています。ガラスのマントのようなものを着ていて、風が吹くとさらさらと音を立てました。
「高田三郎です」
転校生はそう名乗りました。けれど子どもたちはすぐにこう噂します。
「あいつは風の又三郎だ」
又三郎が来た日から、風がよく吹くようになりました。教室の窓がばたばたと鳴って、ノートのページがぱらぱらとめくれます。
「どっどど、どどうど、どどうど、どどう」
子どもたちは歌いました。風の歌です。又三郎は笑いもせず、じっと窓の外を見ています。
嘉助という男の子が、一番早く又三郎に話しかけました。
「おまえ、どこから来たの」
「北海道から」
「北海道って遠いの」
「風に乗れば、すぐだよ」
又三郎はそう言って、ふしぎな笑い方をしました。
放課後、子どもたちは又三郎と一緒に遊びました。川で魚を追いかけたり、山でくるみを拾ったり。又三郎が走ると、いつも風がびゅうっとついてきます。木の葉がくるくると舞い上がって、帽子が飛ばされそうになりました。
又三郎はふしぎなことをたくさん知っていました。風の種類のこと、雲の名前のこと、遠い北の海のこと。
「あの雲は積乱雲だよ。夕方には雨が降るかもしれない」
又三郎が指差す先には、入道雲がもくもくとそびえていました。ほんとうに夕方になると、ざあっと雨が降って、虹が出たのです。子どもたちは又三郎をますます不思議な目で見ました。
「又三郎、おまえが走ると風が来るな」
「そうかい」
又三郎はとぼけた顔で答えます。
ある日、みんなで野原に出ました。すすきの穂が銀色に光って、空が高い。秋の雲がゆっくりと流れていきます。
又三郎が両手を広げて走り出すと、すすきが一斉にざあっと波打ちました。又三郎の赤い髪が風になびいて、ガラスのマントがきらきらと光ります。
「飛んでるみたいだ」
嘉助がつぶやきました。又三郎は本当に、ほんの少しだけ地面から浮いているように見えました。
ある日は川辺で遊びました。又三郎が石を投げると、水面を何度も跳ねて、向こう岸まで届きます。ぴょん、ぴょん、ぴょんと水しぶきが光って、魚がびっくりして跳ねました。
「すげえ。どうやるの」
「風に聞けばいいんだよ」
又三郎はいたずらっぽく笑います。嘉助が真似をしてみますが、石はぽちゃんと沈んでしまいました。みんなで大笑いして、水辺に声が響きます。
栗の木の下ではくるみ拾いをしました。又三郎は高い枝にするすると登って、実を揺り落としてくれます。どさどさと落ちてくるくるみを、子どもたちが歓声を上げながら拾い集めました。
夕方になると、みんなで丘の上に座って夕焼けを見ました。空が赤く、山が紫に染まっています。赤とんぼの群れがすいすいと飛んでいきました。田んぼの稲穂が金色に垂れて、風がさあっと吹くたび、波のようにうねります。
「又三郎、おまえ、いつまでいるの」
嘉助が聞くと、又三郎は黙って空を見ていました。
「風が呼んだら、行かなくちゃいけない」
又三郎はときどき、遠い目をしました。風が吹くと、ふっと立ち止まって、空のほうを見上げます。まるで風の声を聴いているかのように。その横顔は少し寂しそうで、嘉助は声をかけられませんでした。
それから何日か過ぎた朝のことです。教室に又三郎の姿がありませんでした。席は空っぽで、机の上には何も残っていません。
先生が言いました。
「高田君のお父さんの仕事の都合で、きのう引っ越したそうです」
嘉助は窓の外を見ました。風がびゅうっと吹いて、校庭のけやきの葉がばらばらと舞い上がります。
「やっぱり風の又三郎だったんだ」
嘉助がぽつりと言うと、みんなが窓に駆け寄りました。風がもう一度強く吹いて、雲が速く流れていきます。
「どっどど、どどうど、どどうど、どどう」
だれかが歌い始めて、みんなが続きました。風が歌を乗せて、山の向こうへ運んでいきます。
秋の空はどこまでも高くて、すじ雲がうすく広がっていました。風がやさしく吹いて、すすきの穂をさらさらと揺らしています。又三郎が走っていったほうから、ほんの少しだけ冷たい風が、やわらかく頬をなでていきました。