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杜子春

むかし、唐の都の洛陽に、杜子春という若者がおりました。

杜子春はもともとお金持ちの家に生まれましたが、遊んで暮らしているうちに、財産をすっかり使い果たしてしまいます。友だちだと思っていた人たちも、お金がなくなるとみんな離れていきました。

夕暮れの洛陽の町で、杜子春はぼんやりと立っています。空がだいだい色に染まって、門の上に夕日がかかっていました。

「これからどうやって生きていこう」

ため息をついたとき、目の前に片目のおじいさんが立っていました。鉄冠をかぶった、背の高い人です。

「おまえ、何を考えておる」

「何をして暮らそうかと考えているのです」

おじいさんは不思議なことを言いました。

「この門の下に立って、おまえの影が地面に映る場所を掘れ。黄金が出てくるだろう」

杜子春が言われた通りにすると、本当に地面から黄金がざくざくと出てきました。

杜子春はたちまちお金持ちに戻りました。離れていった人たちが集まってきて、毎日お酒を飲んで、遊んで暮らします。

けれどまた財産がなくなると、みんないなくなりました。二度目も同じことが起こります。三度目にお金がなくなったとき、杜子春は考えました。

「お金があるときだけ寄ってくる人たちは、本当の友だちではないのだ」

片目のおじいさんが、また現れました。

「また黄金がほしいかね」

「いいえ。もうお金はいりません。おじいさん、あなたは仙人でしょう。わたしを弟子にしてください」

仙人はうなずいて、杜子春を高い山の上に連れていきました。岩の上に座らせて、言います。

「わたしがこれから天に昇って修行をしてくる。そのあいだ、何が起ころうと、決して声を出してはいけない。何を見ても、何を聞いても、口を開いてはならぬ」

仙人が去ると、不思議なことが次々に起こりました。

大きな虎がうなりながら近づいてきます。杜子春は怖くて震えましたが、声を出しません。嵐が吹き荒れて、岩が揺れましたが、歯をくいしばって耐えます。

火が燃え、水があふれ、雷が鳴りました。それでも杜子春は、じっと黙っていました。

やがて暗い場所に引きずり込まれました。恐ろしい鬼たちに取り囲まれます。

「声を出せ。出さなければ苦しめるぞ」

杜子春は唇をきつく結んだまま、何も言いません。

鬼たちが最後の手段に出ました。痩せて青い顔をした女の人を連れてきたのです。杜子春は息を呑みました。亡くなったお母さんです。

お母さんが鞭で打たれています。何度も何度も。けれどお母さんは杜子春を見つめて、やさしく微笑みました。

その目がすべてを語っていました。大丈夫、おまえのことを愛しているよ、と。

杜子春の目から涙があふれました。もう我慢ができません。

「お母さん」

声を出した瞬間、あたりの景色が消えました。気がつくと、杜子春はもとの山の上に座っています。夕日が山の向こうに沈もうとしていて、空が赤く燃えていました。

目の前に仙人が立っています。

「声を出してしまいましたね。仙人にはなれませんよ」

「はい。でも、あのとき声を出さなかったら、わたしは人間ではなくなっていたと思います」

仙人はふっと笑いました。やさしい笑顔でした。

「おまえはやっと本当に大切なものを見つけたのだ。さあ、人間らしく暮らしなさい。洛陽の南に小さな家と畑を用意しておいたから」

杜子春は仙人に深くお辞儀をしました。山を下りながら振り返ると、仙人の姿はもう見えません。

空には一番星が灯っていました。夕風が頬をなでて、どこかの村から夕ごはんの煙が細く立ちのぼっています。杜子春は静かに歩きながら、お母さんの笑顔を思い出していました。