むかし、ある村に、貧しいけれど心のやさしい少年がいました。名前はハンスといいます。
ハンスはお母さんとふたりで暮らしています。毎日、森で薪を拾って町で売り、わずかなお金でパンを買う暮らしでした。
ある日、森の奥で道に迷ってしまいました。夕日が沈みかけて、あたりがだんだん暗くなっていきます。
すると、茂みの中から弱々しい声が聞こえてきました。
「助けて」
見ると、白い蛇がいばらの枝にからまって動けなくなっています。ハンスはそっと枝をほどいてやりました。うろこがひんやりとして、月の光のように白く光っています。
蛇はするすると地面に降りて、ハンスの前でぺこりとお辞儀をしました。
「お礼に、これをあげましょう」
蛇の口から、小さな銀の指輪がころんと落ちてきました。細い輪の中に、星のような光が宿っています。
「その指輪をはめて、心から願いなさい。ただし、自分のためだけに使ってはいけません」
蛇はそう言い残して、草むらの中に消えていきました。
ハンスは指輪をはめてみます。ぴったりと指に合いました。温かくて、心がほっとするような不思議な感覚です。
「お母さんの腰の痛みが治りますように」
指輪がほのかに光って、あたたかい風がふわりと吹きました。家に帰ると、お母さんが不思議そうに腰をさすっています。
「あら、痛みがすっかり消えたわ」
それからハンスは、困っている人に出会うたびに指輪に願いました。
井戸が枯れた村では、「きれいな水が湧きますように」と願います。指輪が光ると、こんこんと清らかな水が湧き出しました。
嵐で壊れた橋を見つけたときは、「旅人が安全に渡れますように」と願いました。朝になると、丈夫な石の橋がかかっていたのです。
病気の女の子には、「元気になりますように」と願って、女の子の頬にほんのりと赤みが戻りました。
ハンスは何も見返りを求めません。お礼を言われると、照れくさそうに笑って首を振るだけです。
ある日、旅の途中で大きな町にたどり着きました。町は暗い雲に覆われて、人々がうつむいて歩いています。
「何があったのですか」
「お姫さまが病気なのです。どんな薬も効かなくて、もう笑わなくなってしまいました」
ハンスはお城に行きました。お姫さまは窓辺にぼんやりと座って、外を見ています。花も音楽も、何も喜ばなくなってしまったのです。
ハンスは指輪に願いました。けれど今回は、ただ治してとは言いません。
「お姫さまの心に、あたたかい光が届きますように」
指輪がやさしく光りました。お姫さまの窓辺に一羽の小鳥が止まって、美しい歌を歌い始めます。庭の花がぱっと開いて、甘い香りが風に乗って部屋に入ってきました。
お姫さまがそっと微笑みました。小さな小さな笑顔ですが、町を覆っていた暗い雲がすうっと晴れていきます。
「ありがとう。あなたは誰」
「ただの薪拾いです」
ハンスが照れくさそうに答えると、指輪がぽうっと光って、ハンスの指からそっと離れていきました。光の粒になって、空に昇っていきます。
指輪は星になったのです。夜空に小さく光る、やさしい星に。
ハンスは指輪がなくなっても寂しくありませんでした。指輪がなくても、やさしい心はここにある。そう思うと、胸があたたかくなります。
帰り道、ハンスは夜空を見上げました。たくさんの星の中に、ひときわやさしく光る星がひとつ。あの指輪の光です。
夜風がそっと頬をなでて、野原の草がさわさわと揺れています。虫の声が静かに響いて、月がまあるく空に浮かんでいました。