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oyasumi.baby よみきかせ時間目安:8分

雪の女王

むかし、ある町に、カイという男の子とゲルダという女の子が隣同士に住んでいました。

ふたりはとても仲良しで、毎日一緒に遊びます。屋根裏の窓と窓のあいだに小さな花壇があって、夏になるとバラの花が咲きました。赤いバラと白いバラ。甘い香りがふたりの部屋に漂ってきます。

ある冬の日のことです。カイが窓の外を眺めていると、雪のかけらがひとつ、目に飛び込んできました。

それはただの雪ではありません。悪い魔法使いが作った、氷の鏡のかけらでした。目に入ると、美しいものが醜く見えて、あたたかいものが冷たく感じるようになるのです。

次の日から、カイが変わりました。バラの花を見ても「虫食いだらけだ」と言い、ゲルダにも冷たい言葉をかけます。

「カイ、どうしたの」

ゲルダが心配しても、カイはそっぽを向くだけでした。

ある雪の日、カイがそりで遊んでいると、大きな白いそりが近づいてきました。乗っているのは、白い毛皮を着た美しい女の人。雪の女王です。

雪の女王がカイのおでこにキスをすると、カイは寒さを感じなくなりました。何も感じなくなったのです。カイはそのまま雪の女王のそりに乗せられて、はるか北の氷の宮殿へ連れていかれてしまいました。

カイがいなくなって、ゲルダはとても悲しみました。春が来て、花が咲いても、カイは帰ってきません。

「カイを探しに行こう」

ゲルダは新しい赤い靴を履いて、旅に出ました。小さな女の子がたったひとりで、広い世界に踏み出していったのです。

まず川に聞きました。

「川さん、カイを知りませんか」

川は何も答えませんでしたが、小舟をそっと流してくれました。ゲルダは舟に乗って、川を下っていきます。

花いっぱいの庭を持つおばあさんの家に着きました。おばあさんはやさしくて、ゲルダをずっと引き留めようとします。魔法で庭のバラを隠してしまいました。バラを見たら、カイのことを思い出してしまうから。

でも、おばあさんの帽子に描かれたバラの絵を見て、ゲルダは思い出しました。

「わたし、カイを探さなくちゃ」

庭を飛び出して、また旅を続けます。もう秋になっていました。冷たい風が吹いて、葉っぱが赤や黄色に色づいています。ゲルダは裸足で歩きました。小さな靴は川で流れてしまったのです。冷たい地面を踏みしめて、一歩ずつ前へ進みます。

森でカラスに会いました。カラスはお城にカイらしい男の子がいると教えてくれます。けれどお城にいたのはカイではありませんでした。お姫さまと王子さまは気の毒に思って、あたたかいコートと馬車をくれました。

雪の降る野原で、山賊の娘に出会いました。荒っぽい娘で、ナイフを腰にぶら下げていますが、目の奥がどこかさびしそうです。ゲルダの話を聞いて、ぐっと心を動かされました。

「北へ行くなら、このトナカイに乗っていきな」

トナカイの背中はあたたかくて、ふかふかの毛に包まれて走ります。雪原をかけていくと、オーロラが空いっぱいに揺れていました。緑と紫の光のカーテンが、しずかに波打っています。

途中、フィンランドのおばあさんの家に寄りました。おばあさんが干し魚のスープを温めてくれます。

「あの子に特別な力はあるのですか」

トナカイが聞くと、おばあさんは首を振りました。

「あの子はもう十分な力を持っているよ。やさしい心がね、どんな魔法よりも強いのさ」

やがて氷の宮殿が見えてきました。氷の壁が青白く光って、つららが天井から何百本も垂れ下がっています。風が鋭く吹きつけて、雪の結晶がきらきらと舞っていました。寒さに体が震えますが、ゲルダは一歩も止まりません。カイのことだけを考えて、まっすぐに歩き続けました。

宮殿の広間で、カイはひとりで座っていました。氷のかけらで模様を作っています。顔は青白くて、表情がありません。

「カイ」

ゲルダが呼びかけても、カイは振り向きません。ゲルダはカイに駆け寄って、ぎゅっと抱きしめました。あたたかい涙がカイの胸に落ちます。

涙のあたたかさが、カイの胸の中の氷のかけらを溶かしました。それから目の中のかけらも、涙と一緒に流れ出ます。

カイの目に光が戻りました。目の前にいるゲルダの顔が見えます。

「ゲルダ。ぼく、どうしていたんだろう」

「大丈夫。もう大丈夫だよ」

ふたりは手をつないで宮殿を出ました。氷の壁がゆっくりと溶けて、水のしずくがぽたぽたと落ちていきます。トナカイが待っていてくれて、あたたかい国へ走っていきます。山賊の娘が手を振ってくれました。フィンランドのおばあさんもにこにこと見送ってくれます。春の風が吹いて、雪が溶けて、野原に花が咲き始めました。

ふるさとの町に帰り着いたのは、バラが咲く季節でした。屋根裏の窓辺の花壇に、赤いバラと白いバラが、変わらずに咲いています。

ふたりは花壇のそばに座りました。バラの甘い香りが風に乗って、ふわりとやってきます。夕日が屋根を照らして、町がオレンジ色に染まっていました。

教会の鐘がかあんと鳴りました。その音が夕暮れの空に溶けていって、バラの花びらがひとひら、静かに揺れています。