むかし、ある粉ひきのおじいさんが亡くなって、三人の息子に遺産を残しました。
一番上のお兄さんには粉ひき小屋、二番目のお兄さんにはロバ。そして末っ子には一匹の猫が残されました。
「猫一匹で、どうやって暮らしていこう」
末っ子がため息をつくと、猫がすっと立ち上がって言いました。
「ご主人さま、心配はいりません。長靴を一足と、袋をひとつください。わたしにおまかせを」
末っ子はびっくりしましたが、猫の目がきらりと賢く光っているので、言われた通りにしてやりました。
猫は長靴をすぽんと履いて、袋を肩にかけます。つやつやした毛並みに、赤い長靴がよく似合いました。しっぽをぴんと立てて、胸を張って歩いていきます。
猫はまず野原に行きました。袋の口を開けて、中においしい草を入れておきます。しばらく待っていると、まるまる太ったうさぎが匂いにつられて袋の中に入りました。
猫はうさぎをお城に持っていきました。
「王さま、これはカラバ侯爵さまからの贈り物でございます」
カラバ侯爵というのは、猫が末っ子のためにこしらえた名前です。王さまはうさぎを喜んで受け取りました。
次の日は山鳩を、その次の日は川魚を。猫は毎日お城に贈り物を届けます。王さまの前ではいつも丁寧にお辞儀をして、ひげをぴんと張って堂々と話しました。
やがて王さまは、カラバ侯爵に会いたくなりました。
ある日、猫は王さまがお姫さまと馬車で出かけることを知りました。猫は末っ子のところへ走って戻ります。
「ご主人さま、すぐに川へ行って水浴びをしてください。あとはわたしにおまかせを」
末っ子が川で水浴びをしていると、猫は服を草むらに隠しました。そこへ王さまの馬車がやってきます。
「大変です。カラバ侯爵さまが川で溺れて、服を盗まれてしまいました」
猫が大声で叫ぶと、王さまはすぐに家来に立派な服を持ってこさせました。末っ子はきれいな服を着ると、見違えるほどすてきな若者に見えます。お姫さまがぽっと頬を赤くしました。
「どうぞ馬車にお乗りなさい」
王さまに誘われて、末っ子は馬車に乗り込みました。猫は馬車の前を走っていきます。長靴がさっさっと地面を蹴って、赤いしっぽが旗のようになびきました。
猫は畑で働いている人たちに声をかけていきました。
「王さまの馬車が来たら、この畑はカラバ侯爵のものだと言ってくださいな」
にっこり笑って頼む猫に、畑の人たちはうなずきました。馬車が通るたび、「この畑はカラバ侯爵さまのものです」と口々に言います。
王さまは感心しました。
「ほう、カラバ侯爵はずいぶん広い土地をお持ちだな」
猫は走って走って、丘の上の大きなお城にたどり着きました。そこには人食い鬼が住んでいましたが、猫はちっとも怖がりません。
「あなたさまはなんにでも化けられるそうですね。本当ですか」
人食い鬼は自慢げに、大きなライオンに化けてみせました。たてがみを振って、がおうと吠えます。
「すごい。では、とても小さなものにも化けられますか。たとえば、ねずみとか」
人食い鬼がねずみに化けたとたん、猫はぱくりと食べてしまいました。
こうして立派なお城は、カラバ侯爵のものになりました。猫は門の前に立って、やってきた王さまの馬車を迎えます。
「カラバ侯爵さまのお城へようこそ」
お城の中には広い食堂があって、テーブルの上にはごちそうが並んでいます。花が飾られて、窓からはやわらかな風が入ってきました。
王さまは末っ子をすっかり気に入って、お姫さまと結婚することを許しました。お姫さまもにこにこと笑っています。
猫はお城の一番あたたかい部屋をもらいました。ふかふかのクッションの上で日向ぼっこをして、好きなときに庭を散歩します。長靴はきれいに磨いて、玄関に大切に飾ってありました。
夕暮れどき、猫はお城の塔の窓辺に座って、遠くの野原を眺めています。夕日が金色の光を注いで、麦畑がさらさらと揺れていました。
末っ子がやってきて、猫の頭をそっと撫でます。猫はのどをごろごろと鳴らしました。
「ありがとう。きみのおかげだよ」
猫は目を細めて、しっぽをゆらりと揺らしました。窓の外では、一番星がぽつりと光り始めています。