春の昼下がりのこと。
小さな蟻が、川の岸辺を歩いていました。のどが渇いて、水を飲もうと水面に近づきます。
ところが、足をすべらせて、ぽちゃんと川に落ちてしまいました。
「助けて」
蟻はばたばたともがきますが、小さな体では流れに逆らえません。水がぐるぐると渦を巻いて、蟻を押し流していきます。
そのとき、近くの木の枝にとまっていた鳩が、下を見ていました。
「あら、大変」
鳩はくちばしで葉っぱを一枚ちぎって、川に落としました。葉っぱがふわりと水面に浮かびます。
蟻は必死に泳いで、葉っぱの上によじ登りました。ぜえぜえと息をつきます。葉っぱはゆっくりと流れて、やがて岸にたどり着きました。
「ありがとう、鳩さん。命を助けてもらいました」
蟻は木の上の鳩に向かって、小さな声でお礼を言いました。鳩はくるるっと鳴いて、にっこりとうなずきます。
それからしばらく経ったある日のこと。
猟師がそっと近づいてきて、木の上の鳩に狙いを定めました。弓をぎりりと引きます。
それを見つけたのが、あの蟻でした。蟻はさっと猟師の足に登って、思いきり噛みつきました。
「いたっ」
猟師が足を払った拍子に、手元が狂いました。矢は見当違いの方向に飛んでいきます。
鳩はびっくりして飛び立ちました。ばさばさと翼を広げて、高い空へ。見おろすと、地面の上で小さな蟻が手を振っています。
鳩はくるるっと鳴きました。ありがとう、の気持ちを込めて。
春の風がそよりと吹いて、木の葉がさらさらと音を立てました。川の水面がきらきらと光って、蟻は水辺の花の影でひと休みしています。空の高いところで、鳩がゆうゆうと円を描いていました。