むかし、ある国に、王様がおりました。
この王様には、ひとつだけ秘密がありました。帽子の下に隠れている耳が、ロバの耳だったのです。長くてぴんと立った、ふわふわの毛の生えた耳。
王様はこの耳がとても恥ずかしくて、いつも大きな帽子を被っています。寝るときも、お風呂のときも。
けれど、髪を切るときだけは帽子を外さなくてはなりません。
王様のところへは、決まった床屋さんがひとりだけやってきます。床屋さんは秘密を守ると約束していました。
「誰にも言ってはならぬぞ。言ったら大変なことになる」
「もちろんでございます」
床屋さんはちゃんと秘密を守りました。けれど、日が経つにつれて、胸の中がぱんぱんに膨らんでいきます。誰かに言いたくて、言いたくて、たまりません。
ごはんを食べても、仕事をしても、夜寝るときも。頭の中はロバの耳のことでいっぱいです。
「このままでは破裂してしまう」
床屋さんは町はずれの野原へ行きました。あたりには誰もいません。風が吹いて、草がさわさわと揺れているだけ。
床屋さんは地面に穴を掘りました。深い深い穴です。穴の底に向かって、顔を近づけて叫びました。
「王様の耳は、ロバの耳」
言ってしまった。胸がすうっと軽くなります。床屋さんは穴を土で埋めて、ほっとしながら家に帰りました。
ところが。穴を埋めたところから、葦が一本生えてきたのです。すうっと伸びて、風に揺れるたびに、不思議な声が聞こえてきます。
「王様の耳は、ロバの耳」
風が吹くたびに、葦がささやきます。その声は町じゅうに広がっていきました。
「王様の耳は、ロバの耳」
町の人たちはひそひそと噂を始めます。やがて王様の耳にも届きました。
王様はかんかんに怒って、床屋さんを呼びつけました。
「おまえが喋ったのだな」
床屋さんはぶるぶる震えて、穴に叫んだことを正直に話しました。
すると、町の人たちが口々に言いました。
「王様、ロバの耳だっていいじゃありませんか」
「ふわふわしていて、かわいいですよ」
「わたしなんか、鼻が大きいのがコンプレックスです」
王様はぽかんとしました。恐る恐る帽子を外してみます。ロバの耳がぴょこんと立ちました。
町の人たちはにこにこ笑っています。誰も怖がったりしませんでした。
王様の目がじわりと潤みます。
「そうか。隠さなくてもよかったのか」
それからの王様は、帽子を被らずに過ごすようになりました。ロバの耳がぴくぴくと動くのが、子どもたちに大人気です。
夕暮れの空が茜色に染まっています。野原の葦がさらさらと揺れて、今度は何も言わずに、ただやさしく歌っているようでした。