むかし、ある国に、美しい姫がおりました。お母さんにとても大切に育てられた、心のやさしい姫です。
けれど、お母さんは体が弱く、姫がまだ小さい頃に病に伏してしまいました。
お母さんは姫の枕元に座って、そっと頭に鉢をかぶせました。木でできた、丸い鉢です。
「この鉢がおまえを守ってくれますよ。つらいことがあっても、きっと大丈夫」
それがお母さんの最後の言葉でした。
鉢は頭にぴたりとくっついて、どうしても外れません。姫は「鉢かづき」と呼ばれるようになりました。
お父さんが新しいお母さんを迎えると、新しいお母さんは鉢かづきのことをよく思いませんでした。
「その鉢、気味が悪い。この家から出ておいき」
鉢かづきは家を出て、あてもなく歩き始めました。
野を越え、山を越え。お腹がすいても、のどが渇いても、鉢かづきはとぼとぼと歩きます。日が暮れて、星が出て、また朝が来て。道ばたの草の実を食べ、湧き水を飲みました。
雨の日は木の下で膝を抱えて座ります。鉢が大きな傘のかわりになって、雨粒がぽつぽつと鉢の上を叩きました。ひとりぼっちの夜は、お母さんの声を思い出します。
「つらいことがあっても、きっと大丈夫」
その言葉を胸に、鉢かづきはまた歩き始めました。
川のほとりにたどり着いたとき、鉢かづきはもう歩けなくなっていました。水面にうつった自分の姿を見て、涙がぽろぽろとこぼれます。
そのとき、やさしい声が聞こえました。
「どうしたの。大丈夫かい」
振り向くと、若い男の人が立っています。長者の家の末の息子でした。目のやさしい、穏やかな人です。
「お腹がすいているんだね。うちにおいで」
鉢かづきは長者の屋敷で働くことになりました。台所で火をおこし、水を汲み、庭を掃き、せっせと働きます。鉢をかぶったままでしたので、ほかの使用人たちはくすくすと笑うこともありました。
けれど鉢かづきは気にしません。丁寧に、心を込めて、ひとつひとつのことに取り組みました。お米を研ぐときも、漬物を切るときも、やさしい手つきです。台所に来る猫にも、毎朝お魚のかけらを分けてやりました。
秋が来て、冬が来て、また春が巡ります。鉢かづきの作る料理は評判になって、屋敷じゅうの人が楽しみにするようになりました。
末の息子は、鉢かづきのやさしさにずっと前から気づいていました。
「わたしは、あの人と一緒になりたい」
家の者たちは驚きました。兄たちもお嫁さんたちも反対します。
「鉢をかぶった娘などと。恥ずかしくないのか」
けれど末の息子の気持ちは変わりません。
「わたしは顔ではなく、心を見ているのです。あの人ほどやさしい人を、わたしは知りません」
お父さんの長者は末の息子のまっすぐな目を見て、とうとう認めました。祝言を挙げることになったのです。
祝言の夜。灯りが並んだ座敷に、鉢かづきは白い着物を着て座っていました。兄たちのお嫁さんたちは美しい着物を着て、鉢かづきをちらちらと見ています。
そのとき、頭の鉢がかたかたと揺れ始めました。小さく震えて、だんだん大きく揺れて。
ぱかり。
鉢が割れて、中からきらきらと光るものがあふれ出します。金や銀の粒、美しい着物、宝石の数々。お母さんが鉢の中に隠しておいてくれたのです。
そして鉢の下から現れた姫の顔は、月のように美しく輝いていました。
末の息子は静かに微笑みました。
「鉢があってもなくても、あなたはあなただよ」
姫の目からぽろりと涙がこぼれます。お母さんの声が、胸の奥でそっと聞こえたような気がしました。「つらいことがあっても、きっと大丈夫」と。
兄たちのお嫁さんたちも、みな目を丸くして見とれています。姫の美しさは月の光のようでしたが、それ以上に、その穏やかな笑顔がまわりの人たちの心をやさしく照らしたのでした。
祝いの灯りがぽつぽつと庭を照らしています。春の夜風がそよりと吹いて、庭の桜がはらはらと散りました。花びらがふたりの肩に、やわらかく降り積もっていきます。