むかし、あるところに、子どものいない女の人が住んでいました。
女の人が魔法使いのおばあさんにお願いすると、一粒の種をくれました。
「この種を植えてごらんなさい」
種を植木鉢に蒔くと、あっという間に芽が出て、つぼみがふくらんで、美しいチューリップが咲きました。
花びらがそっと開くと、中に親指ほどの小さな女の子が座っています。
「まあ、なんてかわいい子」
女の人は「おやゆび姫」と名付けて、大切に育てました。
おやゆび姫のベッドは、くるみの殻にすみれの花びらを敷いたもの。毎晩、花の香りに包まれて眠りにつきます。
ところが、ある夜のこと。窓から大きなヒキガエルが入ってきて、おやゆび姫を連れ去ってしまったのです。
目を覚ましたおやゆび姫は、川の真ん中の蓮の葉の上にいました。あたりには水がきらきらと流れています。
「ここはどこ。お家に帰りたい」
おやゆび姫が泣いていると、小さな魚たちが集まってきました。
「かわいそうに。ぼくたちが助けてあげる」
魚たちが蓮の茎をかじって切ってくれると、葉っぱの舟がゆっくりと流れ始めました。蝶がひらりと降りてきて、糸で葉を引っ張ってくれます。
おやゆび姫は川を下って、野原に出ました。それから長い長い旅が始まります。
コガネムシに連れていかれたこともありました。木の上のパーティーに連れ出されて、みんなに見せ物にされます。でもコガネムシたちは「羽がないなんて変」と言って、すぐに飽きて、おやゆび姫を野原に置いていってしまいました。
夏の間はひとりで花のあいだに暮らしました。たんぽぽの綿毛をお布団にして、朝露を飲み水にします。ちょうちょと一緒に遊んで、てんとう虫とおしゃべりをして。小さいけれど、穏やかな日々でした。
けれど秋が来て、冬が近づいてくると、花は枯れ、虫たちはいなくなります。冷たい風が吹いて、おやゆび姫はぶるぶると震えました。
枯れ葉の下をとぼとぼ歩いていると、地面に小さな穴がありました。中から、野ねずみのおばさんが顔を出します。
「まあ、かわいそうに。こんなに寒いのに。お入りなさい」
野ねずみのおばさんの家は、地面の下にありました。こじんまりとしていますが、温かくて、食べ物もたくさんあります。
おやゆび姫はそこで冬を過ごすことになりました。お礼に掃除をしたり、お話を聞かせたりします。
ある日、地下の通路で弱っているつばめを見つけました。冬を越せずに倒れてしまったのです。
おやゆび姫はつばめのそばに毛布をかけて、毎日水を運んであげました。やさしく声をかけて、歌を歌ってあげます。
春が来る頃、つばめはすっかり元気になりました。
「おやゆび姫、ありがとう。お礼に、わたしの背中に乗りなさい。すてきなところへ連れていってあげる」
おやゆび姫がつばめの背中に乗ると、空高く飛び上がりました。
風が気持ちいい。見おろすと、野原も森も川も、春の光にきらきらと輝いています。
つばめは暖かい国へ飛んでいきます。やがて見えてきたのは、花でいっぱいの美しい庭でした。大きな白い花の中に、小さな小さな王子さまが立っています。おやゆび姫とちょうど同じくらいの大きさです。
「ようこそ、花の国へ」
王子さまはにっこり笑って、おやゆび姫に透きとおった羽をプレゼントしてくれました。
おやゆび姫が背中に羽をつけると、ふわりと宙に浮かびます。花から花へ、ひらひらと飛べるようになりました。
夕暮れになると、花の国の空がバラ色に染まります。花びらのあいだから、甘い香りが漂ってきました。
おやゆび姫は一番大きなバラの花の中に座って、夕焼けを眺めました。花びらのベッドはやわらかくて、ほんのりと温かい。
遠くでつばめが飛んでいます。あの子が歌っている声が、かすかに聞こえてきました。
花の香りに包まれて、おやゆび姫はそっと目を閉じました。