むかし、ある村に、びんぼうな若者が住んでおりました。
何をやってもうまくいきません。畑を耕しても実らず、魚を釣っても釣れず。ため息ばかりの毎日です。
ある日、若者は観音さまにお参りに行きました。
「どうか、わたしに幸せをお授けください」
すると、観音さまの声がしました。
「お堂を出て最初に手に触れたものを、大事にしなさい」
若者はお堂を出ました。ところが、石につまずいて転んでしまったのです。
起き上がると、手の中に一本のわらしべが握られていました。
「こんなわら一本が」
不思議に思いましたが、観音さまの言葉です。大事に持って歩き出しました。
しばらくすると、顔のまわりをアブがぶんぶんと飛び回ります。若者はアブを捕まえて、わらしべの先にくくりつけました。
道を歩いていくと、泣いている男の子がいます。そばでお母さんが困った顔をしていました。
男の子がわらしべの先のアブを見つけて、泣きやみました。目をきらきらさせて、アブをじっと見ています。
「おじちゃん、それちょうだい」
若者がわらしべをあげると、男の子はにっこり笑いました。お母さんがお礼にみかんを三つくれました。まるまると大きな、いい匂いのするみかんです。
さらに歩いていくと、道ばたに女の人が座り込んでいます。喉が渇いて動けなくなったようです。
「このみかんをどうぞ」
若者がみかんをあげると、女の人は生き返ったように元気になりました。
「ありがとうございます。お礼にこれを」
女の人は、美しい絹の反物をくれました。藍色の地に、白い花が染め抜かれた上等な布です。
反物を大事に抱えて歩いていると、立派な馬に乗った侍が向こうからやってきました。ところが、馬が急に苦しそうにいなないて、道に倒れてしまったのです。
「馬が動かん。困ったことだ」
侍は急ぎの用があるようです。若者は申し出ました。
「この反物と馬を取り替えてくれませんか。わたしが馬の面倒を見ます」
侍は喜んで反物を受け取り、足早に去っていきました。
若者は馬のそばにしゃがんで、首をやさしくなでてやりました。近くの川から水を汲んできて、少しずつ飲ませます。やわらかい草を摘んで、口元に運んでやりました。
しばらくすると、馬はゆっくりと立ち上がりました。若者の手をぺろりと舐めて、目を細めます。
「よかったなあ。元気になったなあ」
若者が馬に乗って進んでいくと、大きなお屋敷の前に出ました。門のところに主人が立っていて、馬を見て目を輝かせました。
「なんと立派な馬だ。どうか譲ってくれないか。代わりにこの屋敷と田んぼをあげよう」
若者は驚きましたが、馬をなでて言いました。
「この馬を大事にしてくれますか」
「もちろんだとも」
こうして若者は、わら一本からお屋敷と田んぼの主になったのです。
その夜、若者は縁側に座って月を見上げました。田んぼの水面に月が映って、きらきらと揺れています。
風がそよりと吹いて、稲の匂いがしました。虫の声がりんりんと響いています。
若者はそっと手を合わせました。観音さまと、出会ったすべての人たちに、ありがとうを。