むかし、あるところに、子どものいないおじいさんとおばあさんがおりました。
ふたりは毎日、神さまにお祈りをしていました。
「どうか、小さくてもいいから、子どもを授けてください」
すると、不思議なことに、親指ほどの小さな男の子が生まれたのです。
「一寸法師」と名付けられた男の子は、なんぼ待ってもそれ以上大きくなりません。けれど、目はきらきらと輝いて、声は元気いっぱいです。
おじいさんとおばあさんは、一寸法師をとても可愛がりました。
一寸法師が大きくなると、こう言いました。
「都へ行って、立派な侍になりたいのです」
おじいさんは針を一本、一寸法師に渡しました。
「これを刀にするがいい」
おばあさんはお椀とお箸を持たせてくれました。
「お椀を舟にして、お箸を櫂にするんだよ。気をつけてね」
一寸法師はお椀の舟に乗り、お箸で水をかいて、川を下っていきました。
チャプ、チャプ、チャプ。
お椀の舟は小さな波に揺られながら、ゆっくりと進んでいきます。川のほとりには菜の花が咲いて、ちょうちょがひらひらと飛んでいました。風が吹くと、菜の花の甘い香りがふわりと漂ってきます。
水面に映る空が青くて、お椀の舟はまるで空を渡っているようでした。ときどきメダカがそばを泳いできて、一寸法師にご挨拶します。トンボが翅をきらきらさせながら、並んで飛んでくれました。
夕方になると、葦の陰に舟を寄せて眠ります。星がいっぱいの空の下で、川のせせらぎを聞きながら。朝になるとまた舟を漕ぎ出します。
カエルがお椀を覗き込んで、びっくりしました。
「おや、お椀に誰かいるぞ」
「一寸法師だ。都へ行くのだ」
一寸法師は胸を張って答えました。
何日もかけて川を下り、とうとう都に着きました。大きなお屋敷、にぎやかな通り、行き交う人々。一寸法師にとって、すべてが見上げるほど大きくて、まるで別の世界のようです。
一寸法師は大きなお屋敷の門を叩きました。
「ごめんください。どうか、お仕えさせてください」
お屋敷の殿様は、一寸法師を見て驚きましたが、その堂々とした振る舞いに感心して、お姫さまのお供をさせることにしました。
お姫さまはやさしい方で、一寸法師をとても大事にしてくれました。一寸法師をお盆の上に乗せて、一緒にお庭を散歩します。つつじの花びらの上に座らせてくれたり、池の鯉に乗せてくれたり。
「一寸法師、今日も元気ね」
「はい。姫さまのお供ができて、幸せです」
ある日のこと。お姫さまとお参りに出かけた帰り道で、鬼が現れました。大きな赤い鬼です。
「おい、そこのお姫さまをもらっていくぞ」
一寸法師は針の刀を抜いて、鬼の前に立ちはだかりました。
「姫さまには指一本触れさせないぞ」
鬼は笑って、一寸法師をぱくりと飲み込んでしまいました。
ところが、お腹の中で一寸法師が針の刀でチクチクと刺し始めたのです。
「いたたたた。痛いよう」
鬼はたまらず、一寸法師を吐き出しました。そしてそのまま、泣きながら逃げていったのです。
鬼が逃げたあとに、小さな小槌が落ちていました。打出の小槌です。
お姫さまが小槌を振って願いをかけると、一寸法師の体がぐんぐんと大きくなっていきました。立派な若者の姿です。
一寸法師はお姫さまと手を取り合って、にっこりと笑いました。
やがて都にも夕暮れが訪れます。空がだいだい色から紫色に変わっていきました。
一寸法師は、遠い山のふもとにいるおじいさんとおばあさんのことを思いました。あのお椀の舟を漕ぎ出した朝のことを。針の刀をくれたおじいさんの手のことを。
「きっと会いに行こう。元気な姿を見せなくては」
夕焼けの空に、一番星がぽつりと光りました。やさしい風が、都の屋根の上をそっと吹き抜けていきます。