高い高い山のてっぺんに、小さなしずくがありました。
冬のあいだ、ずっと氷になって眠っていたしずくです。白い雪にすっぽりと覆われて、何も見えません。何も聞こえません。ただ静かに、じっとしていました。
やがて春がやってきました。
太陽の光がそっと氷に触れます。じんわりと、やさしく温めてくれました。
ぽたり。
氷がとけて、しずくが一粒、生まれました。透きとおった、きれいなしずくです。太陽の光を受けて、きらりと輝いています。
しずくは岩の上をゆっくりと滑り始めました。
ツー。ツー。
小さな音を立てながら、少しずつ下りていきます。岩のくぼみをくるりと回って、苔のあいだをすり抜けて。
途中で、ほかのしずくに出会いました。山のあちこちで、同じように氷がとけて生まれたしずくたちです。
一粒が二粒に、二粒が三粒に。しずくたちは集まって、やがて小さな流れになりました。
チョロチョロ、チョロチョロ。
小さな流れは石のあいだを縫うように進んでいきます。石を乗り越えるたびに、小さな白い泡が生まれて、きらきらと光りました。
流れのそばに、すみれが咲いていました。紫色の小さな花です。しずくが飛び散って花びらに乗ると、すみれはそっとうなずいたように見えました。
小さな流れは、だんだんと大きくなっていきます。
サラサラ、サラサラ。
小川になりました。木の根っこのあいだを通り、石橋の下をくぐり、野原のわきを静かに流れていきます。
川のほとりで、鹿の親子が水を飲んでいました。子鹿が水面をのぞき込むと、自分の顔が映っています。ぴくっと耳を動かして、お母さん鹿のそばに駆け寄りました。
小川はさらに進んでいきます。森を抜けると、広い野原に出ました。
菜の花が一面に咲いています。黄色い花と青い空のあいだを、ちょうちょがひらひらと飛んでいました。
野原を流れる水は、ゆるやかになりました。ゆったりと、のんびりと。お日さまの光を浴びて、水面がまぶしく輝いています。
やがて小川は大きな川と出会いました。たくさんの水が集まって、ゆうゆうと流れています。
川にはいろいろな生きものがいました。小さな魚がすいすいと泳いでいます。カワセミが枝の上から水面をじっと見つめていました。トンボが水面すれすれを飛んで、光の線をひいていきます。
大きな川を下っていくと、町が見えてきました。橋の上を人が歩いています。夕暮れの空が、川面をオレンジ色に染めていました。
川はさらに進んで、やがて海に出ました。
目の前に、広い広い海が広がっています。波がザザーン、ザザーンと、ゆっくりと寄せては返しています。
しずくは海の中にとけ込んでいきました。山のてっぺんで生まれた、小さな一粒のしずくが、大きな大きな海の一部になったのです。
海は温かくて、広くて、やさしい。どこまでも続いています。
日が沈んで、夜がやってきました。海の上にまんまるの月が昇ります。銀色の光が、波の上にきらきらと散らばりました。
やがて、海の水が太陽に温められて、ほんの少しだけ空にのぼっていきます。ゆっくりと、ゆっくりと、雲になっていきました。
雲はふわふわと風に乗って、山のほうへ帰っていきます。
そしてまた、雨になって山に降り注ぐのです。またしずくが生まれて、また旅が始まります。
何度でも、何度でも。
めぐりめぐって、しずくの旅はいつまでも続いていきます。
今夜も海の上で、波がやさしく揺れています。月の光がきらきらと、水面を照らしていました。