むかし、あるところに、一羽のうさぎと一匹のかめが住んでおりました。
うさぎは足がとても速くて、風のように走ります。
ピョン、ピョン、ピョン。
かめはゆっくりゆっくり歩きます。一歩一歩、踏みしめるように。
トコ、トコ、トコ。
ある日のこと。うさぎがかめに声をかけました。
「かめさん、ぼくと走りくらべをしませんか。あの丘の上の大きな木まで、どちらが先に着くか」
かめは静かにうなずきました。
「いいですよ。やってみましょう」
森の動物たちが集まってきます。りすがどんぐりの上に座って、ことりたちが枝の上でさえずりました。
「よーい、どん」
うさぎが飛び出しました。ピョン、ピョン、ピョン。あっという間に遠くの木立のあいだに消えていきます。
かめはゆっくりと歩き始めました。トコ、トコ、トコ。小さな足が、やわらかな土を踏んでいきます。
うさぎはどんどん進んでいきます。振り返ると、かめの姿はもう見えません。
「ずいぶん差がついたな。ちょっと休もうかな」
道ばたに大きな木がありました。木漏れ日がちらちらと揺れて、草の上に温かな光の模様をつくっています。そよ風がさわさわと吹いて、木の葉が歌っているようでした。
うさぎは草の上にごろんと横になりました。
ぽかぽかして、気持ちがいい。まぶたがだんだん重くなってきます。
うとうと、うとうと。うさぎはぐっすり眠ってしまいました。
そのあいだも、かめは歩き続けています。
トコ、トコ、トコ。トコ、トコ、トコ。
坂道がきつくても、石がごろごろしていても、かめは止まりません。一歩ずつ、一歩ずつ、前に進んでいきます。
やがて丘のふもとに着きました。上を見上げると、大きな木がてっぺんに見えます。
トコ、トコ、トコ。
かめは丘をのぼっていきます。夕日がかめの甲羅をオレンジ色に染めました。
そして、とうとう。
かめは大きな木のところに着きました。
うさぎが目を覚ましたのは、空が夕焼けに染まる頃でした。はっとして飛び起きます。
「たいへんだ」
ピョンピョンピョンと丘をかけ上がりましたが、大きな木の下には、かめがもう静かに座っていました。
うさぎは息を切らしながら言いました。
「かめさん、すごいや。ぼくの負けだ」
かめはにっこりと笑いました。
「わたしはただ、止まらなかっただけですよ」
ふたりは大きな木の下に並んで座りました。丘の上から見おろすと、森が夕日に照らされて金色に輝いています。
空がオレンジ色から紫色に変わっていきます。一番星がぽつりと灯りました。
風がそっと吹いて、木の葉がさらさらと歌います。
うさぎとかめは、何も言わずに夕暮れを眺めていました。隣に誰かがいるということが、こんなにもあたたかいのだと、うさぎは初めて知ったのです。