春の朝のことです。
湖のほとりに、アヒルのお母さんが巣を作っていました。藁をていねいに敷いて、卵をそっと温めています。
やがて、殻にひびが入りました。
パリッ。パリパリッ。
黄色いひなが、次々と生まれてきます。まあるい目で、きょろきょろとあたりを見回しています。
「いらっしゃい。かわいい子たち」
お母さんアヒルは、一羽一羽を羽の下にそっと抱き寄せました。ひなたちはぴいぴいと鳴いて、お母さんの温かさにすりよっていきます。
けれど、一番大きな卵だけが、まだ割れません。
お母さんアヒルは辛抱強く温め続けました。一日、二日。ほかのひなたちが水辺で遊び始めても、お母さんは巣を離れません。
三日目の朝、とうとうその卵にもひびが入りました。
ガシャッ。
出てきたひなは、ほかの兄弟たちとずいぶん違っていました。体が大きくて、羽は灰色で、くちばしの形も少し違います。
お母さんアヒルは、少しだけ首をかしげました。けれどすぐに、そのひなをやさしく羽の中に包みます。
「おいで。あなたも、わたしの大事な子よ」
灰色のひなは、お母さんの温かい羽毛にすりよりました。とくとくとくと、お母さんの心臓の音が聞こえます。
次の日、みんなで湖に出かけました。黄色いひなたちがぱちゃぱちゃと泳いでいきます。灰色のひなも、そのあとをついていきました。
水面がきらきらと光っています。空は青くて、やわらかな風が吹いていました。
けれど、ほかのアヒルたちが灰色のひなを見て言いました。
「あの子、ちょっと変ね」
「色が違うわ。あんな灰色のアヒル、見たことがない」
灰色のひなは、その声が聞こえていました。胸がきゅっと痛くなります。水面に映った自分の姿を見つめて、うつむきました。
お母さんアヒルが静かに寄り添ってきて、羽でそっと包んでくれました。
「気にしなくていいのよ。あなたはあなたのままで、すてきなの」
灰色のひなは、毎日がんばって泳ぎの練習をしました。何度も何度も、水をかきます。最初はうまくいきませんでしたが、少しずつ、少しずつ上手になっていきました。
すると不思議なことに、灰色のひなの泳ぎ方は、ほかの誰よりもなめらかで美しいのです。水の上をすうっと滑るように進んでいきます。
兄弟たちが目を丸くしました。
「きみ、すごいね。泳ぐのがとっても上手だ」
灰色のひなは、初めて嬉しくて胸が温かくなりました。
夏が過ぎ、秋が来ました。木の葉が赤や黄色に色づいて、湖の上にひらひらと舞い落ちてきます。
灰色のひなの体は、日に日に大きくなっていきました。そして羽の色が、少しずつ変わり始めたのです。灰色だった羽が、だんだんと白くなっていきます。
ある秋の朝、湖面をのぞき込みました。
水鏡に映っていたのは、長い首と、雪のように白い羽。すらりとした美しい姿です。
白鳥でした。
灰色のひなは、白鳥だったのです。
お母さんアヒルが静かに泳いできて、そっと寄り添いました。
「まあ、きれい。あなたは最初から、こんなに美しかったのね」
白鳥になった子は、お母さんの顔を見つめて言いました。
「お母さん。ぼく、きれいになれたから嬉しいんじゃないよ。お母さんがずっと、ぼくのことを大事だって言ってくれた。それが一番うれしかったんだ」
お母さんアヒルの目に、涙がきらりと光りました。
ふたりは並んで湖を泳いでいきます。秋の涼しい風が吹いて、水面がきらきらと揺れていました。
遠くの山が夕日に染まっています。空がだんだんと茜色に変わっていきました。
白い白鳥と、その母親。並んで泳ぐ二羽の姿を、秋の夕日がやさしく照らしていました。