むかし、むかし、ある田舎の村に、一匹の年老いたロバがおりました。
長い間、重い荷物を背中に乗せて、何年も何年も働いてきました。けれど、もう足はよろよろ、背中も曲がって、力が出ません。
ある朝、ご主人が冷たい声で言いました。
「おまえはもう、役に立たない。出ていってくれ」
ロバは黙って、農場を出ていきました。朝もやの中を、とぼとぼと歩きます。
行くあてなんかありません。でも、ふと思い出したのです。遠い町、ブレーメンには音楽隊があるという話を。
「そうだ。おれだって歌える。ブレーメンへ行って、音楽隊に入ろう」
秋の風が、ロバの背中をそっと押してくれます。枯れ葉が足元で、カサコソ、カサコソと音を立てました。
しばらく歩いていくと、道ばたに一匹の犬がうずくまっていました。灰色の毛はくたびれて、目には涙がにじんでいます。
「どうしたんだい」
「おれも追い出されたんだ。年をとって、番犬の役に立たないってさ」
犬はぽつりと言いました。
「一人で歩いていても、どこへ行ったらいいかわからないんだ」
ロバは犬のそばに寄って、鼻先をそっと近づけました。
「おれと一緒に来ないか。ブレーメンで音楽隊に入るんだ。おまえの声も、立派な楽器になるよ」
犬の尻尾が、小さく揺れました。久しぶりに揺れた尻尾です。
二匹並んで歩いていると、垣根の上で猫がじっと座っているのが見えました。毛並みはぼさぼさで、ひげが少し折れています。
「おまえも、何かあったのかい」
「ねずみが一匹も捕れなくなってね。奥さんに、もう要らないと言われたの」
猫の声は、かすれていました。
「おいで。一緒にブレーメンへ行こう。三匹ならもっと楽しいよ」
猫は垣根から降りて、ロバと犬のあいだに並びました。三匹の影が、夕日に長く伸びています。
やがて農家の前を通りかかると、屋根の上でにわとりが、しゃがれた声で鳴いていました。
「コケコッコー。コケコッコー」
その声は、どこか泣いているようにも聞こえます。
「どうしてそんなに悲しく鳴くんだい」
「明日、スープにされるんです。だから今日のうちに、精いっぱい鳴いておこうと思って」
「そんなの、だめだよ。おいで、一緒に来な。四匹で音楽隊をつくるんだ」
にわとりは、パサパサの羽を広げて、ロバの背中にひょいと飛び乗りました。
四匹は連れ立って歩きます。夕焼けが空を橙色に染めて、足元の草むらから虫の声がリンリンと聞こえてきます。
誰も何も言いません。けれど、隣に誰かがいる。それだけで、足取りが少しだけ軽くなるのです。
夜になりました。星が一つ、また一つと灯ります。
森の中を歩いていると、木々のあいだに、ぽつんと明かりが見えました。小さな家の窓から、黄色い光がこぼれています。
ロバが窓に前足をかけて中を覗くと、大きなテーブルに御馳走が並んでいます。肉にパン、チーズにワイン。けれど食べているのは、人相の悪い男たちでした。どうやら泥棒の隠れ家のようです。
「みんな、いい考えがある」
ロバがそっとささやきました。
ロバの上に犬が乗り、犬の上に猫が乗り、猫の上ににわとりが乗りました。
「せーの」
ヒヒーン。ワンワン。ニャーオ。コケコッコー。
四匹の声が重なって、森じゅうに響き渡ります。窓ガラスがガタガタ震えました。
泥棒たちは椅子をひっくり返して飛び上がりました。
「化けもんだ」
そう叫びながら、闇の中へ走り去っていきました。
そうして、小さな家は四匹のものになったのです。
暖炉には、まだ火がくすぶっていました。ロバが薪をくべると、ぱちぱちと音を立てて、炎がやわらかく揺れ始めます。
テーブルに残った御馳走を、四匹で分けて食べました。犬はパンをかじり、猫はチーズをなめ、にわとりは麦粒をついばみます。ロバは干し草の束を見つけて、もぐもぐと頬張りました。
お腹がいっぱいになると、それぞれお気に入りの場所を見つけました。ロバは納屋の藁の上。犬は戸口の敷物の上。猫は暖炉のそばの灰の中。にわとりは梁の上。
「おやすみ」
「おやすみ」
「おやすみ」
「おやすみなさい」
四つの声が順番に響いて、やがて静かになりました。
結局、四匹はブレーメンの町にはたどり着きませんでした。けれど、もうどこへも行く必要はありません。
暖炉の炎が静かに揺らいでいます。窓の外では、秋の虫たちが小さな声で歌っています。
四匹が見つけたのは、音楽の町ではなく、一緒にいられる場所でした。