むかし、あるところに、心のやさしいおじいさんが住んでおりました。
おじいさんには、一匹の白い子犬がいます。名前はシロ。おじいさんとシロは、いつも一緒でした。
朝になると、シロがおじいさんの顔をぺろぺろと舐めて起こします。
「はいはい、おはよう。今日もいい天気だねえ」
昼間は一緒に畑を耕します。シロはおじいさんのそばをちょろちょろ歩いて、ときどき蝶を追いかけて走り回りました。夕方になると、ふたりで縁側に並んで、夕焼けを眺めます。
ある日のこと。おじいさんが畑にいると、シロが一か所をしきりに前足で掘り始めました。
ワンワン。ワンワン。
「どうしたね、シロ。何かあるのかい」
おじいさんがくわで掘ってみると、土の中からきらりと光るものが出てきました。小判です。ザクザクとたくさんの小判が、土の中に埋まっていたのです。
「まあ、これはこれは」
おじいさんはシロの頭をなでてやりました。
「ありがとうよ、シロ。おまえのおかげだ」
シロは尻尾を振って、嬉しそうに鼻を鳴らします。
おじいさんは小判を使って、困っている人たちにお米を分けてやりました。村のみんながお礼を言いに来て、おじいさんの家はにぎやかになりました。
シロとおじいさんの暮らしは、穏やかに続いていきます。
けれど、月日が流れました。
シロは少しずつ年を取って、走るのがゆっくりになっていきます。目もだんだんと薄くなってきました。それでもおじいさんのそばから離れようとはしません。
ある静かな夜のこと。シロはおじいさんの膝の上で、そっと目を閉じました。安らかな寝顔のまま、もう目を覚ましませんでした。
おじいさんは庭の大きな木の下に、シロをそっと埋めてやりました。
「ここなら日当たりがいいからね。ゆっくりおやすみ、シロ」
毎日毎日、おじいさんはその木に水をやりました。シロのことを話しかけながら。
「今日はいい天気だったよ」
「畑のきゅうりが大きくなったよ」
冬が過ぎて、春がやってきました。
するとどうでしょう。シロを埋めたあの木から、桜の花がぽつりぽつりと咲き始めたのです。
一日、また一日と花が増えていきます。三日もすると、見たこともないほど見事な桜になりました。白とうす紅の花びらが、枝という枝にあふれんばかりに咲いています。
風が吹くたびに、花びらがひらひらと舞いました。まるで雪が降っているようです。
おじいさんは桜を見上げて、静かに涙をこぼしました。
「シロ、おまえさんだね。花になって会いに来てくれたんだね」
うわさを聞いて、村の人たちが桜を見にやってきました。
「こんなに美しい桜は見たことがない」
「まるで夢のようだ」
やがてお殿様までが見物にいらっしゃいました。満開の桜の下に立ったお殿様は、しばらく言葉もなく見とれていました。
「見事じゃ。この桜を咲かせたおじいさんに、褒美をとらせよう」
けれどおじいさんは首を横に振りました。
「褒美はいりません。この桜が咲いてくれたこと、それだけでじゅうぶんです」
その晩、おじいさんは桜の木の下に座りました。
夜桜が月の光にほんのりと浮かび上がっています。花びらが一枚、また一枚、おじいさんの膝の上にそっと降りてきます。
風がそよりと吹くたびに、花の甘い香りが漂ってきました。
おじいさんはそっと目を閉じました。膝の上に降り積もる花びらの軽さが、シロの体温のように温かく感じられます。
桜の枝が、さわさわと揺れていました。春の夜風が、おじいさんの頬をやさしくなでていきます。