むかし、むかし、ある山里に、おじいさんとおばあさんが住んでおりました。
おじいさんは毎日、山へ芝刈りに出かけます。おばあさんはいつも、おむすびを握って持たせてくれました。
ぎゅっ、ぎゅっ。
おばあさんの手は温かくて、おむすびはいつもふっくらとしています。真ん中に梅干しをひとつ入れて、のりをぱりっと巻いてくれました。
「はい、お昼のおむすびだよ」
「ありがとう。今日もおいしそうだ」
おじいさんはおむすびを竹の皮に包んで、にこにこしながら山へ向かいます。
山の木々は青々として、鳥の声がチチチと響いていました。木漏れ日が足元にまだらな影をつくっています。
お昼になりました。おじいさんは切り株に腰をおろして、おむすびを広げます。
ところが、ひとつ目のおむすびが手からつるりと滑って、コロコロと転がっていってしまいました。
「おっと、おっと」
おむすびは坂道をころころ、ころころと転がります。おじいさんが追いかけますが、なかなか追いつきません。
おむすびは木の根っこをぴょんと跳ねて、草むらを抜けて、とうとう小さな穴の中へ、ぽとんと落ちてしまいました。
「ありゃりゃ」
おじいさんが穴を覗き込むと、奥のほうからかすかに歌声が聞こえてきます。
「おむすびころりん、すっとんとん。おむすびころりん、すっとんとん」
高い声やら低い声やら、何匹もの声が重なって、楽しそうに歌っているのです。
おじいさんは嬉しくなって、残りのおむすびも穴の中に転がしてやりました。
「おむすびころりん、すっとんとん」
歌声がいっそう大きくなります。どうやらねずみたちの声のようです。
すると穴の中から、小さな声がしました。
「おじいさん、おじいさん。おいしいおむすびをありがとうございます。どうぞ、中へおいでください」
おじいさんが穴に足を入れると、するすると滑り降りていきます。着いた先は、ぱあっと明るい広間でした。
白いねずみたちが何十匹もいて、みんなにこにこ笑っています。テーブルには先ほどのおむすびが並んでいて、ねずみたちがうれしそうにほおばっていました。
「こんなにおいしいものは初めてです」
「おばあさんのおむすびは、世界で一番ですね」
ねずみの長老がちょこちょこと歩いてきて、深々とお辞儀をしました。
「お礼に、ごちそうを差し上げましょう」
ねずみたちがお膳を運んできます。炊きたてのご飯に、焼き魚、煮物、お味噌汁。湯気がふわあっと立ちのぼって、いい匂いが広間いっぱいに広がりました。
「こりゃあ、ありがたい」
おじいさんがおいしそうに食べていると、ねずみたちはうれしそうに踊り始めました。
「おむすびころりん、すっとんとん」
小さなしっぽを揺らして、くるくる回ります。おじいさんも手拍子をして、みんなで楽しい時間を過ごしました。
帰り際、ねずみの長老がつづらを一つ持ってきました。
「おじいさん、これはほんのお礼です。お家でゆっくり開けてくださいな」
「こんなにしてもらって、すまないねえ」
おじいさんはつづらを背負って、穴からすうっと地上に戻りました。
家に帰っておばあさんと一緒につづらを開けると、中にはお米や小判がぎっしり入っています。
「まあ、まあ」
おばあさんが目を丸くしました。おじいさんはねずみたちのことを話して聞かせます。
「あの子たち、おまえのおむすびが世界一おいしいと言っておったよ」
おばあさんは照れくさそうに笑いました。
「そうかい。それなら、明日もおむすびを握ろうかね」
その晩、ふたりは囲炉裏のそばに並んで座りました。火がぱちぱちと小さな音を立てています。
窓の外では、秋の虫がりんりんと鳴いていました。月の光が障子をほんのりと白く照らしています。
おじいさんの耳には、まだあの歌声がかすかに聞こえているようでした。
おむすびころりん、すっとんとん。
おむすびころりん、すっとんとん。